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レ・ミゼラブルファンティーヌ篇

✦ スナック要約版

ヴィクトル・ユーゴー · 0/100

Snack Point

✦ パンを盗んだ男が銀の燭台で魂を買い戻される。人間の善と悪、愛と赦しを描く世界文学最高峰の大河小説。

✦ 1862年発表。ヴィクトル・ユーゴーの代表作。元囚人ジャン・ヴァルジャンの贖罪と、彼をめぐる人々の運命を壮大なスケールで描く。

✦ コゼットに出会うまでの100場面を抜粋。ミュージカルでも有名なあのシーンが原文で読める。

目次

登場人物

ジャン・ヴァルジャン — パンを盗んだ罪で19年投獄された元囚人。釈放後、ある司教の慈悲に触れて新たな人生を歩み始める
ミリエル司教 — ディーニュの司教。ヴァルジャンに銀の食器と燭台を与え、魂の救済を説く
ファンティーヌ — コゼットの母。恋人に捨てられ、娘のために全てを犠牲にする
コゼット — ファンティーヌの娘。テナルディエ夫妻のもとで虐待される幼い少女
ジャヴェール — 法を絶対視する警部。ヴァルジャンの正体を執拗に追い続ける
テナルディエ夫妻 — モンフェルメイユの宿屋の主人。コゼットを虐待し、ファンティーヌから金をむしり取る

底本情報

公開: Project Gutenberg
底本: 「Les Misérables」Isabel F. Hapgood英訳
初出: 1862年
章構成: 章分けはSnackReadが独自に付与

✦ スナック要約版について

本作品はAIが原作の名場面を抽出・要約・再構成したダイジェスト版です。原文の逐語訳ではなく、物語の流れを追いやすいように編集しています。正確な表現は原作をご確認ください。

パンを盗んだ男
パンを盗んだ男1/10

1815年10月、南フランスの港町トゥーロン。ジャン・ヴァルジャンという男が仮釈放された。年齢46歳。入獄したのは27歳のときだった。19年という時間が、彼の顔に刻み込まれていた。

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パンを盗んだ男2/10

罪状は、パン一斤の窃盗だった。飢えた甥のために、パン屋の窓ガラスを割って盗んだ。本来の刑期は5年だった。だが逃亡を繰り返すたびに刑が延び、気づけば19年が経っていた。

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パンを盗んだ男3/10

牢獄は人間を変える。入ったとき彼は疲れた、しかし心の柔らかさを残した木の剪定職人だった。出てきたとき彼はまるで別の生き物になっていた。目の奥に、誰も近づけない暗い炎があった。

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パンを盗んだ男4/10

釈放証明書を握りしめ、ディーニュという町を目指して歩いた。最初の宿屋の扉を叩いた。主人は証明書を一目見て「元囚人はお断りだ」と言い、扉を閉めた。次の宿も、その次も同じだった。

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パンを盗んだ男5/10

食堂でも断られた。石工の小屋に転がり込もうとしたら追い出された。馬小屋さえ追い払われた。人間の証明書を持っているのに、社会はどこへ行っても彼を人間として扱わなかった。

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パンを盗んだ男6/10

凍える夜、橋の下に座り込んでいると、老婆が「あそこへ行きなさい」と指をさした。暗い坂の上に灯りがある建物があった。司教館だった。ヴァルジャンは藁をもつかむ気持ちで扉を叩いた。

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パンを盗んだ男7/10

ミリエルという老司教が出てきた。白髪で、穏やかな目をした老人だった。「ああ、あなたですか。さあどうぞ、中へ」と言った。ヴァルジャンは証明書を差し出した。追い返される準備をしていた。

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パンを盗んだ男8/10

司教は証明書をちらりと見て、そのまま部屋に招き入れた。温かい食事が出た。清潔なベッドが用意された。銀の食器が食卓に並んだ。ヴァルジャンは黙って食べ、黙って横になった。何も言えなかった。

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パンを盗んだ男9/10

夜中、目が覚めた。月明かりが差し込み、食器棚の銀の食器が光っていた。司教は奥の部屋で眠っていた。ヴァルジャンはゆっくりと立ち上がり、食器を袋に詰め込んだ。考えるより先に手が動いた。

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パンを盗んだ男10/10

夜道を走って逃げた。翌朝、憲兵に捕まった。「この家で盗んだのか」と問われ、「もらった」と言ったが信じてもらえなかった。司教の前に引き立てられた。これで終わりだ、とヴァルジャンは思った。

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パンを盗んだ男

10スナック

神父のろうそく
神父のろうそく1/10

「ああ、あなたでしたか。よかった、探していましたよ」。司教は憲兵にそう言った。「この銀の食器は私が差し上げたものです」。憲兵たちは困惑し、顔を見合わせた。

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神父のろうそく2/10

司教は食器棚に戻り、銀の燭台を二本持ってきた。「これも差し上げましたのに、忘れて行かれましたね」。燭台を渡す手は少しも震えていなかった。憲兵たちは敬礼して帰っていった。

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神父のろうそく3/10

二人きりになった。司教はヴァルジャンの顔をまっすぐに見た。「ジャン・ヴァルジャン、この銀であなたの魂を買い戻しました。今日からあなたは悪の人ではない。正直な人間になりなさい」。

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神父のろうそく4/10

ヴァルジャンは言葉が出なかった。19年間、人から受けたのは冷たさと軽蔑だけだった。盗んだ相手が感謝している。裏切った相手が心配している。世界がひっくり返るような感覚だった。

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神父のろうそく5/10

燭台を抱えてひとりで野原を歩いた。頭が空白になり、それからぐるぐると回り始めた。あの老人は何者だ。なぜそんなことができる。俺は盗んだのに。俺は嘘をついたのに。なぜ。

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神父のろうそく6/10

道で少年が大事そうにコインを転がしていた。ヴァルジャンは反射的に足で踏んだ。長い獄中生活が染み込ませた習慣だった。「返して」と少年が泣きながら言った。ヴァルジャンは無視して歩いた。

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神父のろうそく7/10

少年の泣き声が遠ざかった。コインを見た。小さな、薄汚れた一枚のコイン。拾い上げて探したが、少年はもうどこにもいなかった。初めて後悔というものが、胸の中で動いた。

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神父のろうそく8/10

足が止まった。道端に座り込んだ。19年間閉じ込めてきた何かが、少年の泣き声で割れた。泣いた。声を上げて泣いた。何を泣いているのか自分でもわからなかった。ただ、止まらなかった。

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神父のろうそく9/10

泣き疲れてようやく立ち上がった。燭台を両手に持ち直した。どこへ行くか決まっていなかった。ただ歩いた。あの老人の言葉が、歩くたびに頭の中で繰り返された。

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神父のろうそく10/10

「正直な人間になりなさい」。命令ではなかった。脅しでも条件でもなかった。ただの、静かな祈りだった。ヴァルジャンは生まれて初めて、自分に向けられた祈りというものを受け取った気がした。

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神父のろうそく

10スナック

マドレーヌ市長
マドレーヌ市長1/10

数年後、モントルイユ=シュル=メールという海沿いの小さな町に、マドレーヌという名の男が現れた。どこの出身か、過去に何をしていたか、何も語らなかった。ただ黙々と働く男だった。

21/100
マドレーヌ市長2/10

彼は黒い樹脂の加工法を発明した。地元では知られていない技術だった。工場を建て、人を雇った。貧しかった町に仕事が生まれた。男は稼いだ金を自分のためにほとんど使わなかった。

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マドレーヌ市長3/10

病院を建てた。学校を支援した。冬になると薪を配り、孤児の食事代を払い、老人の医療費を肩代わりした。誰にも頼まれてもいないのに、まるで罪を償うように、与え続けた。

23/100
マドレーヌ市長4/10

市長の座を勧められた。一度断った。二度断った。三度断った。四度目、「あなたが断り続けることが町の迷惑になっている」と言われ、ようやく受けた。その日も彼は表情を変えなかった。

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マドレーヌ市長5/10

マドレーヌ市長がジャン・ヴァルジャンだと知る者はなかった。部屋の棚に銀の燭台が二本置かれていた。毎朝、それを見てから仕事を始めた。それだけが、過去とのつながりだった。

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マドレーヌ市長6/10

ある日、荷馬車が横転し、年老いた御者が車体の下敷きになった。通行人が集まって見物しているだけだった。マドレーヌ市長は人垣をかき分け、一人で膝をついて荷車を持ち上げた。

26/100
マドレーヌ市長7/10

その光景を少し離れたところから見ていた男がいた。ジャヴェールという警部だった。腕を組んだまま動かず、ただ市長の背中を見ていた。「あんな怪力の持ち主を、俺はひとりだけ知っている」と呟いた。

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マドレーヌ市長8/10

ジャヴェールは生真面目な男だった。笑わず、融通をきかせず、法律を神のように信じた。囚人の追跡を天職と思っていた。元囚人が社会に紛れ込んでいることが、彼には我慢ならなかった。

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マドレーヌ市長9/10

赴任してから何度か、市長の顔を見るたびに引っかかるものを感じた。どこかで会ったことがある。あの目、あの体つき。しかし確信が持てなかった。まだ。

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マドレーヌ市長10/10

町は年々栄えていった。マドレーヌ市長の評判は広がり、県知事からも称賛された。しかし市長は笑わなかった。善いことをするたびに、どこか苦しそうな顔をした。過去は消えない。

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マドレーヌ市長

10スナック

ファンティーヌの恋
ファンティーヌの恋1/10

ここで時を少し遡る。ファンティーヌという娘がいた。パリの路上で育った孤児で、親も家も記憶もなかった。それでも明るかった。美しかった。世間というものをまだ何も知らなかった。

31/100
ファンティーヌの恋2/10

18歳のとき、トロミエスという法学生と恋をした。口が達者で、笑いが上手で、未来を語るのが得意な男だった。「いつか必ず一緒になろう」と言い、ファンティーヌはそれを信じた。

32/100
ファンティーヌの恋3/10

一年が過ぎた。二年が過ぎた。男はいつも「もう少し待ってくれ」と言った。ファンティーヌは待った。疑わなかった。疑う理由を知らなかった。お腹が大きくなり始めても、待った。

33/100
ファンティーヌの恋4/10

ある晴れた日曜日、男たちが消えた。友人たちも全員、一緒に。残されたのは置き手紙だけだった。「楽しかった、さようなら」と書いてあった。ファンティーヌは何度も読んだ。意味が理解できなかった。

34/100
ファンティーヌの恋5/10

娘が生まれた。コゼットと名付けた。目が大きく、笑うとえくぼができる子だった。ファンティーヌはその子を見て、泣きながら笑った。途方に暮れていたが、愛することだけはできた。

35/100
ファンティーヌの恋6/10

故郷のモントルイユへ戻ることにした。しかし未婚の母というだけで仕事は得られない。それがこの時代だった。娘を連れては戻れなかった。どこかに預けなければならなかった。

36/100
ファンティーヌの恋7/10

道中、モンフェルメイユという村を通りかかった。宿屋の前で、二人の女の子が庭で楽しそうに遊んでいた。母親らしき女が戸口に立っていた。笑顔の家族に見えた。

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ファンティーヌの恋8/10

「少しの間だけ、娘を預かってもらえませんか」。テナルディエ夫人はコゼットをじっと見た。かわいい子だと思った。お金も入る。「いいよ、任せて」と言った。

38/100
ファンティーヌの恋9/10

月に6フランの養育費を払う約束をした。ファンティーヌはコゼットを抱きしめた。温かい体の感触を覚えようとした。「すぐ迎えにくるから。絶対に迎えにくるから」と何度も言い聞かせた。

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ファンティーヌの恋10/10

コゼットはまだ2歳だった。お母さんが何を言っているか、ほとんどわかっていなかった。ただ、手を振った。ファンティーヌは曲がり角を曲がるその瞬間まで、何度も何度も振り返った。それが最後だった。

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ファンティーヌの恋

10スナック

テナルディエ家のコゼット
テナルディエ家のコゼット1/10

テナルディエ夫妻には、エポニーヌとアゼルマという二人の娘がいた。コゼットはその子たちと一緒に遊ぶために預けられたはずだった。最初の数週間は、確かにそうだった。

41/100
テナルディエ家のコゼット2/10

しかし半年も経たないうちに、コゼットの立場は変わっていた。娘たちの遊び相手ではなく、使用人になっていた。朝から晩まで働かされた。3歳の子に、できることは全部やらせた。

42/100
テナルディエ家のコゼット3/10

エポニーヌとアゼルマには上等な服を着せ、人形を与え、甘い菓子を食べさせた。コゼットには薄汚れた古着を着せ、残り物を食べさせた。二つの世界が同じ屋根の下にあった。

43/100
テナルディエ家のコゼット4/10

コゼットは不満を言わなかった。これが当たり前だと思っていた。比べる世界を知らなかった。外の子供たちが笑って遊んでいるのを窓越しに見ながら、自分は床を拭いた。

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テナルディエ家のコゼット5/10

ファンティーヌからの仕送りは毎月届いていた。しかしテナルディエ夫妻はその金を、コゼットのためには一銭も使わなかった。酒代になり、食費になり、借金の返済に消えた。

45/100
テナルディエ家のコゼット6/10

足りなくなると手紙を書いた。「コゼットが病気になりました。薬代が必要です」「冬服を買ってやらなければなりません」。嘘を並べ、母親の愛情をむしり取った。ファンティーヌは疑わずに送り続けた。

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テナルディエ家のコゼット7/10

宿の客たちがコゼットを哀れんだ。「あの子、いつも一人で働いているな」「なぜ他の子たちと一緒に遊ばせないんだ」。テナルディエ夫人は「内気な子で、遊ぶのが嫌いなんです」と答えた。

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テナルディエ家のコゼット8/10

寒い夜、コゼットは薄い毛布一枚で眠った。隣の部屋からエポニーヌたちの笑い声が聞こえた。お腹が空いたまま目をつぶった。お母さんがいつか来てくれる、と思いながら。

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テナルディエ家のコゼット9/10

エポニーヌの古い人形が捨てられた。コゼットはこっそり拾い、ぼろ布を巻いて、ベッドの下に隠した。汚れていたが、自分のものだった。生まれて初めての、自分だけの宝物だった。

49/100
テナルディエ家のコゼット10/10

テナルディエ夫人に見つかり、取り上げられた。「乞食が人形を持つんじゃない」。コゼットは泣かなかった。もう泣くことも覚えていなかった。ただ目を閉じて、嵐が過ぎるのを待った。

50/100
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テナルディエ家のコゼット

10スナック

工場と凋落
工場と凋落1/10

モントルイユに戻ったファンティーヌは、マドレーヌ市長の工場で仕事を得た。手先が器用で、仕事は覚えが早かった。少しずつ貯金ができ、毎月の仕送りを欠かさなかった。良い日々だった。

51/100
工場と凋落2/10

工場では女たちが連日噂話をしていた。ファンティーヌのことが、いつのまにか話題になっていた。あの女、どこかに子供がいるらしい。でも結婚指輪をしていない。つまり——。

52/100
工場と凋落3/10

監督に告げ口をした女がいた。監督はマドレーヌ市長には相談せず、独断でファンティーヌを呼び出した。「明日から来なくていい」。ファンティーヌはその言葉の意味がしばらく理解できなかった。

53/100
工場と凋落4/10

マドレーヌ市長は工場主だったが、日々の管理は監督に任せていた。ファンティーヌが解雇されたことを、市長はしばらく知らなかった。彼女が苦しんでいる間、市長は善政を続けていた。

54/100
工場と凋落5/10

針仕事で食いつないだ。単価は安く、夜中まで作業しても収入は工場の半分にも満たなかった。それでもテナルディエへの仕送りを優先した。コゼットのためなら何でも耐えられた。

55/100
工場と凋落6/10

テナルディエからの催促状が届いた。「コゼットが熱を出しました。医者が必要です。100フラン送ってください」。嘘だった。しかしファンティーヌには確かめる術がなかった。100フランなど、どこにもなかった。

56/100
工場と凋落7/10

旅回りの歯抜き師のところへ行った。「前歯を2本抜いてほしい」と言った。男は驚いて「本気か」と聞いた。「本気です」。麻酔なしで抜いた。40フランになった。その日のうちにテナルディエへ送った。

57/100
工場と凋落8/10

次は髪だった。かつてトロミエスが「お前の髪は太陽みたいだ」と言った、長い金色の髪だった。髪屋の前で少しだけ躊躇した。それから鋏を入れてもらった。10フランになった。鏡は見なかった。

58/100
工場と凋落9/10

それでも足りなかった。冬が来た。仕事の口はなくなった。部屋の家賃が払えなくなった。テナルディエからの脅迫状はまだ届き続けた。ファンティーヌは一晩中、天井を見ながら考えた。

59/100
工場と凋落10/10

夜の街灯の下に立った。最初の夜は泣いた。二度目からは泣かなかった。泣くことに意味がないとわかったから。頭の中でコゼットの顔だけを思い描いた。それだけが、立っていられる理由だった。

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工場と凋落

10スナック

ジャヴェールの目
ジャヴェールの目1/10

ある冬の夜、客と揉め事になった。男がふざけて、ファンティーヌの首筋に雪を押し込んだ。周囲が笑った。ファンティーヌは引っ掻き、噛みついた。悲鳴と怒号で騒ぎになった。

61/100
ジャヴェールの目2/10

ジャヴェール警部が現れた。片方の話だけを聞いた。男の話だった。証言も証拠も確かめなかった。ファンティーヌに手錠をかけた。「6ヶ月の禁固だ」。法律は、そう言っていた。

62/100
ジャヴェールの目3/10

「コゼットに会えなくなる」——その言葉がファンティーヌの全てだった。床に膝をついた。声にならない声で泣いた。6ヶ月。コゼットはその間どうなる。母が消えたと思うだろうか。

63/100
ジャヴェールの目4/10

その時、マドレーヌ市長が通りかかった。状況を見た。ジャヴェールから話を聞いた。「この女性を釈放しなさい」と静かな声で言った。ジャヴェールの顔が石のように硬くなった。

64/100
ジャヴェールの目5/10

「市長であっても、警察の職務に干渉する権限はありません」。ジャヴェールはそう言い返した。市長は一歩も退かなかった。「釈放しなさい」と繰り返した。周囲が静まり返った。

65/100
ジャヴェールの目6/10

ジャヴェールは渋々従った。しかし歩き去りながら、一つの確信が固まっていた。あの怪力。あの権威。あの目の奥の暗さ。マドレーヌ市長はジャン・ヴァルジャンだ。間違いない。

66/100
ジャヴェールの目7/10

釈放されたファンティーヌは、市長の顔を見た瞬間、唾を吐きかけた。「あなたの工場が私を首にした。あなたのせいでこうなったんだ」。市長は黙って受けた。顔色一つ変えなかった。

67/100
ジャヴェールの目8/10

市長は工場に戻り、監督を呼んだ。何があったか聞いた。自分の知らないところで起きていたことを知った。長い時間、窓の外を見ていた。それから財布を取り出した。

68/100
ジャヴェールの目9/10

医者を手配し、宿を用意し、費用を全額払った。ファンティーヌを病院に移した。肺の病気だった。以前からだったのか、この冬で悪化したのか、もうわからなかった。

69/100
ジャヴェールの目10/10

病床で毎日、決まって同じことを聞いた。「コゼットはいつ来ますか」。市長は「必ず連れてきます」と答えた。その言葉を聞くたびに、ファンティーヌの目に光が戻った。それだけが彼女の薬だった。

70/100
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ジャヴェールの目

10スナック

名乗り出た男
名乗り出た男1/10

ある朝、ジャヴェールが市長室に現れた。「申し上げたいことがあります」と言い、直立したまま話し始めた。「私はかつて、あなたをジャン・ヴァルジャンではないかと疑っておりました」。

71/100
名乗り出た男2/10

「しかしそれは誤りでした。本物のジャン・ヴァルジャンが別の町で逮捕されました。明日、裁判があります。私の疑いは完全な間違いでした。お詫びを申し上げます」。深々と頭を下げた。

72/100
名乗り出た男3/10

ジャヴェールが去った後、市長室の扉が閉まった。ヴァルジャンは一人になった。椅子に座ったまま、動けなかった。別の男が身代わりになって牢獄に入れられる。自分は逃げ切れる。しかし。

73/100
名乗り出た男4/10

一晩かけて考えた。名乗り出れば逮捕される。コゼットをファンティーヌに届ける約束が果たせない。名乗り出なければ、無実の男が牢獄に入れられる。どちらを選んでも、誰かが傷つく。

74/100
名乗り出た男5/10

夜明け前に立ち上がった。燭台を一度だけ見た。「正直な人間になりなさい」という声が聞こえた気がした。馬に乗り、アラスの町へ向かった。誰にも行き先を言わなかった。

75/100
名乗り出た男6/10

法廷に滑り込んだ。傍聴席の端に座った。壇上では老いた浮浪者が裁かれていた。ジャン・ヴァルジャンだと言われていた。男はうつむいたまま、何も言い返せなかった。

76/100
名乗り出た男7/10

ヴァルジャンは立ち上がった。法廷が静まった。全員の目が彼に向いた。「私がジャン・ヴァルジャンです」。ジャヴェールが傍聴席で立ち上がり、顔から血の気が引いた。

77/100
名乗り出た男8/10

証明した。囚人番号を諳んじた。古い傷跡を見せた。別の証人を呼んで確認させた。疑いの余地はなかった。その場で逮捕令状が出された。しかしその夜、彼はまずモントルイユへ戻った。

78/100
名乗り出た男9/10

病院へ向かった。ファンティーヌに会わなければならなかった。コゼットを迎えに行くと伝えなければならなかった。約束を守ると、もう一度言わなければならなかった。

79/100
名乗り出た男10/10

病室の扉を開けた瞬間、ジャヴェールも入ってきた。ファンティーヌはジャヴェールの姿を見て、何かを直感した。「コゼットは……来るんですか」と、かすれた声で問いかけた。

80/100
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名乗り出た男

10スナック

ファンティーヌの最期
ファンティーヌの最期1/10

ジャヴェールはヴァルジャンに歩み寄り、低い声で「来い」と言った。ヴァルジャンは「三分だけ待ってくれ」と頼んだ。ジャヴェールは首を横に振った。「お前はジャン・ヴァルジャンだ。今すぐだ」。

81/100
ファンティーヌの最期2/10

ジャヴェールの声が病室に響いた。「ヴァルジャン」。その名前がファンティーヌの耳に届いた。市長が、ヴァルジャン?元囚人?コゼットを迎えに行くと言っていたこの人が?

82/100
ファンティーヌの最期3/10

ファンティーヌはヴァルジャンを見た。ヴァルジャンはファンティーヌを見た。二人は言葉を交わさなかった。しかし全てを理解した目同士が、一瞬だけつながった。

83/100
ファンティーヌの最期4/10

コゼットは来ない。この人は連れて行かれる。私は一人で死ぬ。ファンティーヌは布団の中でゆっくりと後ろへ倒れた。目が閉じかけた。顔から色が消えていった。

84/100
ファンティーヌの最期5/10

ヴァルジャンはジャヴェールに近づき、耳元で何かを小声で言った。ジャヴェールは眉をひそめ、しかし動かなかった。ヴァルジャンはファンティーヌのベッドに近づいた。

85/100
ファンティーヌの最期6/10

「コゼットは必ず幸せにします。約束します」。ヴァルジャンはそっと囁いた。声が届いていたかどうかはわからなかった。ファンティーヌはもう目を開けなかった。

86/100
ファンティーヌの最期7/10

しかし口元が、かすかに動いた。何かを言おうとしていた。「コ——」。そこで止まった。コゼットという言葉の途中で、息が止まった。

87/100
ファンティーヌの最期8/10

静かだった。風の音だけがした。医者が近づき、脈を取り、「亡くなりました」と言った。ヴァルジャンはファンティーヌの手を握ったまま、長い時間立っていた。ジャヴェールも何も言わなかった。

88/100
ファンティーヌの最期9/10

ヴァルジャンはファンティーヌの手を布団の中に戻した。毛布を肩まで引き上げた。眠っているように見えた。ようやく、眠れているように見えた。

89/100
ファンティーヌの最期10/10

立ち上がり、ジャヴェールに向かった。「行こう」と自分から言った。廊下へ出る前に、一度だけ振り返った。ファンティーヌの顔を、目に焼き付けるように見た。それから歩き出した。

90/100
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ファンティーヌの最期

10スナック

雪の夜のコゼット
雪の夜のコゼット1/10

ヴァルジャンは護送中に脱走した。嵐の海で、マストから落ちた船員を救い、自分はそのまま波間に消えた。死亡と記録された。しかし生きていた。水中で岸へ泳ぎ着き、夜の浜に倒れ込んだ。

91/100
雪の夜のコゼット2/10

新しい名前を作り、新しい街に入った。顔を変えることはできなかったが、過去を語らなければ誰も問わなかった。ファンティーヌへの約束だけが、動き続ける理由だった。

92/100
雪の夜のコゼット3/10

テナルディエに手紙を送った。「娘のコゼットを引き取りに伺います」。折り返しの返事はなかった。しかしヴァルジャンは構わなかった。1823年12月24日、クリスマスイブに出発した。

93/100
雪の夜のコゼット4/10

モンフェルメイユへ続く道は凍っていた。雪が降り続けていた。村まであと少しという暗い森の中で、何かが道の端を動いているのが見えた。小さな影が、重いものを引きずっていた。

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雪の夜のコゼット5/10

近づいた。水の入った大きなバケツを、両手で引きずっている女の子だった。8歳くらいに見えた。薄い服を着ていた。冬だというのに。足元は木靴で、雪の中を踏みしめていた。

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雪の夜のコゼット6/10

ヴァルジャンは黙ってバケツを取り上げた。子どもには重すぎた。女の子は最初、驚いて手を放した。しかし逃げなかった。この大男が怖くないと、何かが告げていた。

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雪の夜のコゼット7/10

二人で並んで歩いた。何も言わなかった。ヴァルジャンも聞かなかった。ただバケツを持って歩いた。女の子は時々、横を歩く大男をちらりと見上げた。

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雪の夜のコゼット8/10

「名前は何という?」「コゼットといいます」。ヴァルジャンは足を止めた。雪の音がした。「どこに住んでいる?」「テナルディエさんのお宿です」。胸の中で何かが動いた。

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雪の夜のコゼット9/10

村に入る手前で、玩具屋の前を通った。ショーウィンドウに灯りがついていた。大きな美しい人形が飾られていた。コゼットは立ち止まった。何も言わなかった。ただじっと見た。

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雪の夜のコゼット10/10

欲しいとも言わなかった。ため息もつかなかった。ただ、吸い込まれるように見た。ヴァルジャンはその横顔を見た。その目の中に、ファンティーヌと同じ光を見た。

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