月に吠える

萩原朔太郎 · 0/328

Snack Point

✦ 月光の下で叫ぶ詩人。朔太郎が切り開いた、日本近代詩の新境地。

✦ 1917年刊行。萩原朔太郎の処女詩集。口語自由詩の金字塔。

✦ 「地面の底の病気の顔」——不気味で美しいイメージの洪水。感覚的で音楽的な言葉の奔流。

目次

底本情報

公開: 青空文庫
底本: 「現代詩文庫 1009 萩原朔太郎」思潮社
初出: 1917年
章構成: 章タイトルは原文準拠(章番号はSnackReadが独自に付与)
序(白秋)(1/2)
序(白秋)(1/2)1/10

萩原君。何と云つても私は君を愛する。さうして室生君を。それは何と云つても素直な優しい愛だ。いつまでもそれは永続するもので、いつでも同じ温かさを保つてゆかれる愛だ。

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序(白秋)(1/2)2/10

此の三人の生命を通じ、縦しそこにそれぞれ天稟の相違はあつても、何と云つてもおのづからひとつ流の交感がある。私は君達を思ふ時、いつでも同じ泉の底から更に新らしく湧き出してくる水の清しさを感ずる。

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序(白秋)(1/2)3/10

限りなき親しさと驚きの眼を以て私は君達のよろこびとかなしみとを理会する。さうして以心伝心に同じ哀憐の情が三人の上に益々深められてゆくのを感ずる。それは互の胸の奥底に直接に互の手を触れ得るたつた一つの尊いものである。私は君をよく知つてゐる。さうして室生君を。

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序(白秋)(1/2)4/10

さうして君達の詩とその詩の生ひたちとをよく知つてゐる。『朱欒』のむかしから親しく君達は私に君達の心を開いて呉れた。いい意味に於て其後もわれわれの心の交流は常住新鮮であつた。恐らく今後に於ても。それは廻り澄む三つの独楽が今や将に相触れむとする刹那の静謐である。

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序(白秋)(1/2)5/10

そこには限りの知られぬをののきがある。無論三つの生命は確実に三つの据りを保つてゐなければならぬ。然るのちにそれぞれ澄みきるのである。微妙な接吻がそののちに来る。同じ単純と誠実とを以て。而も互の動悸を聴きわけるほどの澄徹さを以て。

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序(白秋)(1/2)6/10

幸に君達の生命も玲瓏乎としてゐる。室生君と同じく君も亦生れた詩人の一人である事は誰も否むわけにはゆくまい。私は信ずる。さうして君の異常な神経と感情の所有者である事も。譬へばそれは憂鬱な香水に深く涵した剃刀である。而もその予覚は常に来る可き悲劇に向て顫へてゐる。

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序(白秋)(1/2)7/10

然しそれは恐らく凶悪自身の為に使用されると云ふよりも、凶悪に対する自衛、若くは自分自身に向けらるる懺悔の刃となる種類のものである。何故なれば、君の感情は恐怖の一刹那に於て、正しく君の肋骨の一本一本をも数へ得るほどの鋭さを持つてゐるからだ。

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序(白秋)(1/2)8/10

然しこの剃刀は幾分君の好奇な趣味性に匂づけられてゐる事もほんとうである。時には安らかにそれで以て君は君の薄い髯を当る。清純な凄さ、それは君の詩を読むものの誰しも認め得る特色であらう。然しそれは室生君の云ふ通り、ポオやボオドレエルの凄さとは違ふ。

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序(白秋)(1/2)9/10

君は寂しい、君は正直で、清楚で、透明で、もつと細かにぴちぴち動く。少くとも彼等の絶望的な暗さや頽廃した幻覚の魔睡は無い。宛然凉しい水銀の鏡に映る剃刀の閃めきである。その鏡に映るものは真実である。そして其処には玻璃製の上品な市街や青空やが映る。

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序(白秋)(1/2)10/10

さうして恐る可き殺人事件が突如として映つたり、素敵に気の利いた探偵が走つたりする。君の気稟は又譬へば地面に直角に立つ一本の竹である。その細い幹は鮮かな青緑で、その葉は華奢でこまかに動く。たつた一本の竹、竹は天を直観する。

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序(白秋)(1/2)1/1

而も此竹の感情は凡てその根に沈潜して行くのである。根の根の細かな繊毛のその岐れの殆ど有るか無きかの毛の尖のイルミネエション、それがセンチメンタリズムの極致とすれば、その毛の尖端にかじりついて泣く男、それは病気の朔太郎である。それは君も認めてゐる。

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序(白秋)(1/2)

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序(白秋)(2/2)
序(白秋)(2/2)1/10

「詩は神秘でも象徴でも何でも無い。詩はただ病める魂の所有者と孤独者との寂しい慰めである。」と君は云ふ。まことに君が一本の竹は水面にうつる己が影を神秘とし象徴として不思議がる以前に、ほんとうの竹、ほんとうの自分自身を切に痛感するであらう。

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序(白秋)(2/2)2/10

鮮純なリズムの歔欷はそこから来る。さうしてその葉その根の尖まで光り出す。君の霊魂は私の知つてゐる限りまさしく蒼い顔をしてゐた。殆ど病み暮らしてばかりゐるやうに見えた。然しそれは真珠貝の生身が一顆小砂に擦られる痛さである。

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序(白秋)(2/2)3/10

痛みが突きつめれば突きつめるほど小砂は真珠になる。それがほんとうの生身であり、生身から滴らす粘液がほんとうの苦しみからにじみ出たものである事は、君の詩が証明してゐる。外面的に見た君も極めて痩せて尖つてゐる。

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序(白秋)(2/2)4/10

さうしてその四肢が常に鋭角に動く、まさしく竹の感覚である。而も突如として電流体の感情が頭から足の爪先まで震はす時、君はぴよんぴよん跳ねる。さうでない時の君はいつも眼から涙がこぼれ落ちさうで、何かに縋りつきたい風である。

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序(白秋)(2/2)5/10

潔癖で我儘なお坊つちやんで(この点は私とよく似てゐる)その癖寂しがりの、いつも白い神経を露はに顫へさしてゐる人だ。それは電流の来ぬ前の電球の硝子の中の顫へてやまぬ竹の線である。君の電流体の感情はあらゆる液体を固体に凝結せずんばやまない。

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序(白秋)(2/2)6/10

竹の葉の水気が集つて一滴の露となり、腐れた酒の蒸気が冷たいランビキの玻璃に透明な酒精の雫を形づくる迄のそれ自身の洗練はかりそめのものではない。

17/328
序(白秋)(2/2)7/10

君のセンチメンタリズムの信条はまさしく木炭が金剛石になるまでの永い永い時の長さを、一瞬の間に縮める、この凝念の強さであらう。摩訶不思議なる此の真言の秘密はただ詩人のみが知る。月に吠える、それは正しく君の悲しい心である。

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序(白秋)(2/2)8/10

冬になつて私のところの白い小犬もいよいよ吠える。昼のうちは空に一羽の雀が啼いても吠える。夜はなほさらきらきらと霜が下りる。霜の下りる声まで嗅ぎ知つて吠える。天を仰ぎ、真実に地面に生きてゐるものは悲しい。ぴようぴようと吠える、何かがぴようぴようと吠える。

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序(白秋)(2/2)9/10

聴いてゐてさへも身の痺れるやうな寂しい遣瀬ない声、その声が今夜も向うの竹林を透してきこえる。降り注ぐものは新鮮な竹の葉に雪のごとく結晶し、君を思へば蒼白い月天がいつもその上にかかる。萩原君。何と云つても私は君を愛する。さうして室生君を。

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序(白秋)(2/2)10/10

君は私より二つ年下で、室生君は君より又二つ年下である。私は私より少しでも年若く、私より更に新らしく生れて来た二つの相似た霊魂の為めに祝福し、更に甚深な肉親の交歓に酔ふ。又更に君と室生君との芸術上の熱愛を思ふと涙が流れる。君の歓びは室生君の歓びである。

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序(白秋)(2/2)1/1

さうして又私の歓びである。この機会を利用して、私は更に君に讃嘆の辞を贈る。大正六年一月十日 葛飾の紫烟草舎にて 北原白秋

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序(白秋)(2/2)

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序(朔太郎)(1/2)
序(朔太郎)(1/2)1/10

詩の表現の目的は単に情調のための情調を表現することではない。幻覚のための幻覚を描くことでもない。同時にまたある種の思想を宣伝演繹することのためでもない。

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序(朔太郎)(1/2)2/10

詩の本来の目的は寧ろそれらの者を通じて、人心の内部に顫動する所の感情そのものの本質を凝視し、かつ感情をさかんに流露させることである。詩とは感情の神経を掴んだものである。生きて働く心理学である。

24/328
序(朔太郎)(1/2)3/10

すべてのよい叙情詩には、理屈や言葉で説明することの出来ない一種の美感が伴ふ。これを詩のにほひといふ。(人によつては気韻とか気稟とかいふ)にほひは詩の主眼とする陶酔的気分の要素である。

25/328
序(朔太郎)(1/2)4/10

順つてこのにほひの稀薄な詩は韻文としての価値のすくないものであつて、言はば香味を欠いた酒のやうなものである。かういふ酒を私は好まない。詩の表現は素樸なれ、詩のにほひは芳純でありたい。私の詩の読者にのぞむ所は、詩の表面に表はれた概念や「ことがら」

26/328
序(朔太郎)(1/2)5/10

ではなくして、内部の核心である感情そのものに感触してもらひたいことである。私の心の「かなしみ」「よろこび」「さびしみ」「おそれ」その他言葉や文章では言ひ現はしがたい複雑した特種の感情を、私は自分の詩のリズムによつて表現する。併しリズムは説明ではない。

27/328
序(朔太郎)(1/2)6/10

リズムは以心伝心である。そのリズムを無言で感知することの出来る人とのみ、私は手をとつて語り合ふことができる。『どういふわけでうれしい?』といふ質問に対して人は容易にその理由を説明することができる。

28/328
序(朔太郎)(1/2)7/10

けれども『どういふ工合にうれしい』といふ問に対しては何人もたやすくその心理を説明することは出来ない。思ふに人間の感情といふものは、極めて単純であつて、同時に極めて複雑したものである。極めて普遍性のものであつて、同時に極めて個性的な特異なものである。

29/328
序(朔太郎)(1/2)8/10

どんな場合にも、人が自己の感情を完全に表現しようと思つたら、それは容易のわざではない。この場合には言葉は何の役にもたたない。そこには音楽と詩があるばかりである。私はときどき不幸な狂水病者のことを考へる。あの病気にかかつた人間は非常に水を恐れるといふことだ。

30/328
序(朔太郎)(1/2)9/10

コップに盛つた一杯の水が絶息するほど恐ろしいといふやうなことは、どんなにしても我々には想像のおよばないことである。『どういふわけで水が恐ろしい?』『どういふ工合に水が恐ろしい?』これらの心理は、我々にとつては只々不可思議千万のものといふの外はない。

31/328
序(朔太郎)(1/2)10/10

けれどもあの患者にとつてはそれが何よりも真実な事実なのである。そして此の場合に若しその患者自身が……何等かの必要に迫られて……この苦しい実感を傍人に向つて説明しようと試みるならば(それはずゐぶん有りさうに思はれることだ。

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序(朔太郎)(1/2)1/2

もし傍人がこの病気について特種の智識をもたなかつた場合には彼に対してどんな惨酷な悪戯が行はれないとも限らない。こんな場合を考へると私は戦慄せずには居られない。)患者自身はどんな手段をとるべきであらう。

33/328
序(朔太郎)(1/2)2/2

恐らくはどのやうな言葉の説明を以てしても、この奇異な感情を表現することは出来ないであらう。けれども、若し彼に詩人としての才能があつたら、もちろん彼は詩を作るにちがひない。詩は人間の言葉で説明することの出来ないものまでも説明する。詩は言葉以上の言葉である。

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序(朔太郎)(1/2)

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序(朔太郎)(2/2)
序(朔太郎)(2/2)1/10

狂水病者の例は極めて特異の例である。けれどもまた同時に極めてありふれた例でもある。人間は一人一人にちがつた肉体と、ちがつた神経とをもつて居る。我のかなしみは彼のかなしみではない。彼のよろこびは我のよろこびではない。

35/328
序(朔太郎)(2/2)2/10

人は一人一人では、いつも永久に、永久に、恐ろしい孤独である。原始以来、神は幾億万人といふ人間を造つた。けれども全く同じ顔の人間を、決して二人とは造りはしなかつた。人はだれでも単位で生れて、永久に単位で死ななければならない。

36/328
序(朔太郎)(2/2)3/10

とはいへ、我々は決してぽつねんと切りはなされた宇宙の単位ではない。我々の顔は、我々の皮膚は、一人一人にみんな異つて居る。けれども、実際は一人一人にみんな同一のところをもつて居るのである。

37/328
序(朔太郎)(2/2)4/10

この共通を人間同志の間に発見するとき、人類間の『道徳』と『愛』とが生れるのである。この共通を人類と植物との間に発見するとき、自然間の『道徳』と『愛』とが生れるのである。そして我々はもはや永久に孤独ではない。

38/328
序(朔太郎)(2/2)5/10

私のこの肉体とこの感情とは、もちろん世界中で私一人しか所有して居ない。またそれを完全に理解してゐる人も一人しかない。これは極めて極めて特異な性質をもつたものである。けれども、それはまた同時に、世界中の何ぴとにも共通なものでなければならない。

39/328
序(朔太郎)(2/2)6/10

この特異にして共通なる個々の感情の焦点に、詩歌のほんとの『よろこび』と『秘密性』とが存在するのだ。この道理をはなれて、私は自ら詩を作る意義を知らない。詩は一瞬間に於ける霊智の産物である。

40/328
序(朔太郎)(2/2)7/10

ふだんにもつてゐる所のある種の感情が、電流体の如きものに触れて始めてリズムを発見する。この電流体は詩人にとつては奇蹟である。詩は予期して作らるべき者ではない。以前、私は詩といふものを神秘のやうに考へて居た。

41/328
序(朔太郎)(2/2)8/10

ある霊妙な宇宙の聖霊と人間の叡智との交霊作用のやうにも考へて居た。或はまた不可思議な自然の謎を解くための鍵のやうにも思つて居た。併し今から思ふと、それは笑ふべき迷信であつた。

42/328
序(朔太郎)(2/2)9/10

詩とは、決してそんな奇怪な鬼のやうなものではなく、実は却つて我々とは親しみ易い兄妹や愛人のやうなものである。私どもは時々、不具な子供のやうないぢらしい心で、部屋の暗い片隅にすすり泣きをする。

43/328
序(朔太郎)(2/2)10/10

さういふ時、ぴつたりと肩により添ひながら、ふるへる自分の心臓の上に、やさしい手をおいてくれる乙女がある。その看護婦の乙女が詩である。私は詩を思ふと、烈しい人間のなやみとそのよろこびとをかんずる。詩は神秘でも象徴でも鬼でもない。

44/328
序(朔太郎)(2/2)1/2

詩はただ、病める魂の所有者と孤独者との寂しいなぐさめである。詩を思ふとき、私は人情のいぢらしさに自然と涙ぐましくなる。過去は私にとつて苦しい思ひ出である。過去は焦躁と無為と悩める心肉との不吉な悪夢であつた。月に吠える犬は、自分の影に怪しみ恐れて吠えるのである。

45/328
序(朔太郎)(2/2)2/2

疾患する犬の心に、月は青白い幽霊のやうな不吉の謎である。犬は遠吠えをする。私は私自身の陰鬱な影を、月夜の地上に釘づけにしてしまひたい。影が、永久に私のあとを追つて来ないやうに。萩原朔太郎

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序(朔太郎)(2/2)

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竹とその哀傷(1/2)
竹とその哀傷(1/2)1/10

地面の底の病気の顔

地面の底に顔があらはれ、 さみしい病人の顔があらはれ。

47/328
竹とその哀傷(1/2)2/10

地面の底のくらやみに、 うらうら草の茎が萌えそめ、 鼠の巣が萌えそめ、 巣にこんがらかつてゐる、 かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、

48/328
竹とその哀傷(1/2)3/10

冬至のころの、 さびしい病気の地面から、 ほそい青竹の根が生えそめ、 生えそめ、 それがじつにあはれふかくみえ、 けぶれるごとくに視え、 じつに、じつに、あはれふかげに視え。

49/328
竹とその哀傷(1/2)4/10

地面の底のくらやみに、 さみしい病人の顔があらはれ。

50/328
竹とその哀傷(1/2)5/10

草の茎

冬のさむさに、 ほそき毛をもてつつまれし、 草の茎をみよや、 あをらみ茎はさみしげなれども、 いちめんにうすき毛をもてつつまれし、 草の茎をみよや。

51/328
竹とその哀傷(1/2)6/10

雪もよひする空のかなたに、 草の茎はもえいづる。

52/328
竹とその哀傷(1/2)7/10

ますぐなるもの地面に生え、 するどき青きもの地面に生え、 凍れる冬をつらぬきて、 そのみどり葉光る朝の空路に、

53/328
竹とその哀傷(1/2)8/10

なみだたれ、 なみだをたれ、 いまはや懺悔をはれる肩の上より、 けぶれる竹の根はひろごり、 するどき青きもの地面に生え。

54/328
竹とその哀傷(1/2)9/10

光る地面に竹が生え、 青竹が生え、 地下には竹の根が生え、 根がしだいにほそらみ、

55/328
竹とその哀傷(1/2)10/10

根の先より繊毛が生え、 かすかにけぶる繊毛が生え、 かすかにふるえ。

56/328
竹とその哀傷(1/2)1/3

かたき地面に竹が生え、 地上にするどく竹が生え、 まつしぐらに竹が生え、 凍れる節節りんりんと、 青空のもとに竹が生え、 竹、竹、竹が生え。

57/328
竹とその哀傷(1/2)2/3

みよすべての罪はしるされたり、 されどすべては我にあらざりき、 まことにわれに現はれしは、 かげなき青き炎の幻影のみ、

58/328
竹とその哀傷(1/2)3/3

雪の上に消えさる哀傷の幽霊のみ、 ああかかる日のせつなる懺悔をも何かせむ、 すべては青きほのほの幻影のみ。

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竹とその哀傷(1/2)

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竹とその哀傷(2/2)
竹とその哀傷(2/2)1/10

すえたる菊

その菊は醋え、 その菊はいたみしたたる、 あはれあれ霜つきはじめ、 わがぷらちなの手はしなへ、

60/328
竹とその哀傷(2/2)2/10

するどく指をとがらして、 菊をつまむとねがふより、 その菊をばつむことなかれとて、 かがやく天の一方に、 菊は病み、 饐えたる菊はいたみたる。

61/328
竹とその哀傷(2/2)3/10

林あり、 沼あり、 蒼天あり、 ひとの手にはおもみを感じ

62/328
竹とその哀傷(2/2)4/10

しづかに純金の亀ねむる、 この光る、 寂しき自然のいたみにたへ、 ひとの心霊にまさぐりしづむ、 亀は蒼天のふかみにしづむ。

63/328
竹とその哀傷(2/2)5/10

あふげば高き松が枝に琴かけ鳴らす、 をゆびに紅をさしぐみて、 ふくめる琴をかきならす、 ああ かき鳴らすひとづま琴の音にもつれぶき、

64/328
竹とその哀傷(2/2)6/10

いみじき笛は天にあり。 けふの霜夜の空に冴え冴え、 松の梢を光らして、 かなしむものの一念に、 懺悔の姿をあらはしぬ。

65/328
竹とその哀傷(2/2)7/10

いみじき笛は天にあり。

66/328
竹とその哀傷(2/2)8/10

つみとがのしるし天にあらはれ、 ふりつむ雪のうへにあらはれ、 木木の梢にかがやきいで、 ま冬をこえて光るがに、 おかせる罪のしるしよもに現はれぬ。

67/328
竹とその哀傷(2/2)9/10

みよや眠れる、 くらき土壌にいきものは、 懺悔の家をぞ建てそめし。

68/328
竹とその哀傷(2/2)10/10

天上縊死

遠夜に光る松の葉に、 懺悔の涙したたりて、 遠夜の空にしも白ろき、 天上の松に首をかけ。 天上の松を恋ふるより、 祈れるさまに吊されぬ。

69/328
竹とその哀傷(2/2)1/2

いと高き梢にありて、 ちいさなる卵ら光り、 あふげば小鳥の巣は光り、 いまはや罪びとの祈るときなる。

70/328
竹とその哀傷(2/2)2/2

雲雀料理

五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする。したたる空色の窓の下で、私の愛する女と共に純銀のふおうくを動かしたい。私の生活にもいつかは一度、あの空に光る、雲雀料理の愛の皿を盗んで喰べたい。

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竹とその哀傷(2/2)

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雲雀料理(1/2)
雲雀料理(1/2)1/10

感傷の手

わが性のせんちめんたる、 あまたある手をかなしむ、 手はつねに頭上にをどり、 また胸にひかりさびしみしが、

72/328
雲雀料理(1/2)2/10

しだいに夏おとろへ、 かへれば燕はや巣を立ち、 おほ麦はつめたくひやさる。 ああ、都をわすれ、 われすでに胡弓を弾かず、

73/328
雲雀料理(1/2)3/10

手ははがねとなり、 いんさんとして土地を掘る、 いぢらしき感傷の手は土地を堀る。

74/328
雲雀料理(1/2)4/10

山居

八月は祈祷、 魚鳥遠くに消え去り、 桔梗いろおとろへ、 しだいにおとろへ、

75/328
雲雀料理(1/2)5/10

わが心いたくおとろへ、 悲しみ樹蔭をいでず、 手に聖書は銀となる。

76/328
雲雀料理(1/2)6/10

苗は青空に光り、 子供は土地を掘る。

77/328
雲雀料理(1/2)7/10

生えざる苗をもとめむとして、 あかるき鉢の底より、 われは白き指をさしぬけり。

78/328
雲雀料理(1/2)8/10

殺人事件

とほい空でぴすとるが鳴る。 またぴすとるが鳴る。 ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて、 こひびとの窓からしのびこむ、

79/328
雲雀料理(1/2)9/10

床は晶玉、 ゆびとゆびとのあひだから、 まつさをの血がながれてゐる、 かなしい女の屍体のうへで、 つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。

80/328
雲雀料理(1/2)10/10

しもつき上旬のある朝、 探偵は玻璃の衣裳をきて、 街の十字巷路を曲つた。 十字巷路に秋のふんすゐ、 はやひとり探偵はうれひをかんず。

81/328
雲雀料理(1/2)1/1

みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、 曲者はいつさんにすべつてゆく。

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雲雀料理(1/2)

11スナック

雲雀料理(2/2)
雲雀料理(2/2)1/10

盆景

春夏すぎて手は琥珀、 瞳は水盤にぬれ、 石はらんすゐ、 いちいちに愁ひをくんず、

83/328
雲雀料理(2/2)2/10

みよ山水のふかまに、 ほそき滝ながれ、 滝ながれ、 ひややかに魚介はしづむ。

84/328
雲雀料理(2/2)3/10

雲雀料理

ささげまつるゆふべの愛餐、 燭に魚蝋のうれひを薫じ、 いとしがりみどりの窓をひらきなむ。 あはれあれみ空をみれば、

85/328
雲雀料理(2/2)4/10

さつきはるばると流るるものを、 手にわれ雲雀の皿をささげ、 いとしがり君がひだりにすすみなむ。

86/328
雲雀料理(2/2)5/10

掌上の種

われは手のうへに土を盛り、 土のうへに種をまく、 いま白きじようろもて土に水をそそぎしに、 水はせんせんとふりそそぎ、

87/328
雲雀料理(2/2)6/10

土のつめたさはたなごころの上にぞしむ。 ああ、とほく五月の窓をおしひらきて、 われは手を日光のほとりにさしのべしが、 さわやかなる風景の中にしあれば、 皮膚はかぐはしくぬくもりきたり、 手のうへの種はいとほしげにも呼吸づけり。

88/328
雲雀料理(2/2)7/10

天景

しづかにきしれ四輪馬車、 ほのかに海はあかるみて、 麦は遠きにながれたり、 しづかにきしれ四輪馬車。

89/328
雲雀料理(2/2)8/10

光る魚鳥の天景を、 また窓青き建築を、 しづかにきしれ四輪馬車。

90/328
雲雀料理(2/2)9/10

焦心

霜ふりてすこしつめたき朝を、 手に雲雀料理をささげつつ歩みゆく少女あり、 そのとき並木にもたれ、 白粉もてぬられたる女のほそき指と指との隙間をよくよく窺ひ、

91/328
雲雀料理(2/2)10/10

このうまき雲雀料理をば盗み喰べんと欲して、 しきりにも焦心し、 あるひとのごときはあまりに焦心し、まつたく合掌せるにおよべり。

92/328
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雲雀料理(2/2)

10スナック

悲しい月夜(1/2)
悲しい月夜(1/2)1/10

かなしい遠景

かなしい薄暮になれば、 労働者にて東京市中が満員なり、 それらの憔悴した帽子のかげが、 市街中いちめんにひろがり、

93/328
悲しい月夜(1/2)2/10

あつちの市区でも、こつちの市区でも、 堅い地面を掘つくりかへす、 掘り出して見るならば、 煤ぐろい嗅煙草の銀紙だ。 重さ五匁ほどもある、

94/328
悲しい月夜(1/2)3/10

にほひ菫のひからびきつた根つ株だ。 それも本所深川あたりの遠方からはじめ、 おひおひ市中いつたいにおよぼしてくる。 なやましい薄暮のかげで、 しなびきつた心臓がしやべるを光らしてゐる。

95/328
悲しい月夜(1/2)4/10

悲しい月夜

ぬすつと犬めが、 くさつた波止場の月に吠えてゐる。 たましひが耳をすますと、 陰気くさい声をして、

96/328
悲しい月夜(1/2)5/10

黄いろい娘たちが合唱してゐる、 合唱してゐる、 波止場のくらい石垣で。

97/328
悲しい月夜(1/2)6/10

いつも、 なぜおれはこれなんだ、 犬よ、 青白いふしあはせの犬よ。

98/328
悲しい月夜(1/2)7/10

みつめる土地の底から、 奇妙きてれつの手がでる、 足がでる、 くびがでしやばる、

99/328
悲しい月夜(1/2)8/10

諸君、 こいつはいつたい、 なんといふ鵞鳥だい。 みつめる土地の底から、 馬鹿づらをして、

100/328
悲しい月夜(1/2)9/10

手がでる、 足がでる、 くびがでしやばる。

101/328
悲しい月夜(1/2)10/10

危険な散歩

春になつて、 おれは新らしい靴のうらにごむをつけた、 どんな粗製の歩道をあるいても、 あのいやらしい音がしないやうに、

102/328
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悲しい月夜(1/2)

10スナック

悲しい月夜(2/2)
悲しい月夜(2/2)1/10

それにおれはどつさり壊れものをかかへこんでる、 それがなによりけんのんだ。 さあ、そろそろ歩きはじめた、 みんなそつとしてくれ、 そつとしてくれ、

103/328
悲しい月夜(2/2)2/10

おれは心配で心配でたまらない、 たとへどんなことがあつても、 おれの歪んだ足つきだけは見ないでおくれ。 おれはぜつたいぜつめいだ、 おれは病気の風船のりみたいに、 いつも憔悴した方角で、 ふらふらふらふらあるいてゐるのだ。

104/328
悲しい月夜(2/2)3/10

酒精中毒者の死

あふむきに死んでゐる酒精中毒者の、 まつしろい腹のへんから、 えたいのわからぬものが流れてゐる、 透明な青い血漿と、

105/328
悲しい月夜(2/2)4/10

ゆがんだ多角形の心臓と、 腐つたはらわたと、 らうまちすの爛れた手くびと、 ぐにやぐにやした臓物と、 そこらいちめん、

106/328
悲しい月夜(2/2)5/10

地べたはぴかぴか光つてゐる、 草はするどくとがつてゐる、 すべてがらぢうむのやうに光つてゐる。 こんなさびしい風景の中にうきあがつて、 白つぽけた殺人者の顔が、 草のやうにびらびら笑つてゐる。

107/328
悲しい月夜(2/2)6/10

干からびた犯罪

どこから犯人は逃走した? ああ、いく年もいく年もまへから、 ここに倒れた椅子がある、 ここに兇器がある、

108/328
悲しい月夜(2/2)7/10

ここに屍体がある、 ここに血がある、 さうして青ざめた五月の高窓にも、 おもひにしづんだ探偵のくらい顔と、 さびしい女の髪の毛とがふるへて居る。

109/328
悲しい月夜(2/2)8/10

蛙の死

蛙が殺された、 子供がまるくなつて手をあげた、 みんないつしよに、 かわゆらしい、

110/328
悲しい月夜(2/2)9/10

血だらけの手をあげた、 月が出た、 丘の上に人が立つてゐる。 帽子の下に顔がある。 幼年思慕篇

111/328
悲しい月夜(2/2)10/10

くさつた蛤 なやましき春夜の感覚とその疾患

112/328
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悲しい月夜(2/2)

10スナック

くさつた蛤(1/3)
くさつた蛤(1/3)1/10

内部に居る人が畸形な病人に見える理由

わたしは窓かけのれいすのかげに立つて居ります、 それがわたくしの顔をうすぼんやりと見せる理由です。 わたしは手に遠めがねをもつて居ります、 それでわたくしは、ずつと遠いところを見て居ります、

113/328
くさつた蛤(1/3)2/10

につける製の犬だの羊だの、 あたまのはげた子供たちの歩いてゐる林をみて居ります、 それらがわたくしの瞳を、いくらかかすんでみせる理由です。 わたくしはけさきやべつの皿を喰べすぎました、 そのうへこの窓硝子は非常に粗製です、

114/328
くさつた蛤(1/3)3/10

それがわたくしの顔をこんなに甚だしく歪んで見せる理由です。 じつさいのところを言へば、 わたくしは健康すぎるぐらゐなものです、 それだのに、なんだつて君は、そこで私をみつめてゐる。 なんだつてそんなに薄気味わるく笑つてゐる。

115/328
くさつた蛤(1/3)4/10

おお、もちろん、わたくしの腰から下ならば、 そのへんがはつきりしないといふのならば、 いくらか馬鹿げた疑問であるが、 もちろん、つまり、この青白い窓の壁にそうて、 家の内部に立つてゐるわけです。

116/328
くさつた蛤(1/3)5/10

椅子

椅子の下にねむれるひとは、 おほいなる家をつくれるひとの子供らか。

117/328
くさつた蛤(1/3)6/10

春夜

浅蜊のやうなもの、 蛤のやうなもの、 みぢんこのやうなもの、 それら生物の身体は砂にうもれ、

118/328
くさつた蛤(1/3)7/10

どこからともなく、 絹いとのやうな手が無数に生え、 手のほそい毛が浪のまにまにうごいてゐる。 あはれこの生あたたかい春の夜に、 そよそよと潮みづながれ、

119/328
くさつた蛤(1/3)8/10

生物の上にみづながれ、 貝るゐの舌も、ちらちらとしてもえ哀しげなるに、 とほく渚の方を見わたせば、 ぬれた渚路には、 腰から下のない病人の列があるいてゐる、

120/328
くさつた蛤(1/3)9/10

ふらりふらりと歩いてゐる。 ああ、それら人間の髪の毛にも、 春の夜のかすみいちめんにふかくかけ、 よせくる、よせくる、 このしろき浪の列はさざなみです。

121/328
くさつた蛤(1/3)10/10

ばくてりやの世界

ばくてりやの足、 ばくてりやの口、 ばくてりやの耳、 ばくてりやの鼻、

122/328
くさつた蛤(1/3)1/3

ばくてりやがおよいでゐる。

123/328
くさつた蛤(1/3)2/3

あるものは人物の胎内に、 あるものは貝るゐの内臓に、 あるものは玉葱の球心に、 あるものは風景の中心に。

124/328
くさつた蛤(1/3)3/3

ばくてりやがおよいでゐる。

125/328
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くさつた蛤(1/3)

13スナック

くさつた蛤(2/3)
くさつた蛤(2/3)1/10

ばくてりやの手は左右十文字に生え、 手のつまさきが根のやうにわかれ、 そこからするどい爪が生え、 毛細血管の類はべたいちめんにひろがつてゐる。

126/328
くさつた蛤(2/3)2/10

ばくてりやがおよいでゐる。

127/328
くさつた蛤(2/3)3/10

ばくてりやが生活するところには、 病人の皮膚をすかすやうに、 べにいろの光線がうすくさしこんで、 その部分だけほんのりとしてみえ、 じつに、じつに、かなしみたへがたく見える。

128/328
くさつた蛤(2/3)4/10

ばくてりやがおよいでゐる。

129/328
くさつた蛤(2/3)5/10

およぐひと

およぐひとのからだはななめにのびる、 二本の手はながくそろへてひきのばされる、 およぐひとの心臓はくらげのやうにすきとほる、 およぐひとの瞳はつりがねのひびきをききつつ、 およぐひとのたましひは水のうへの月をみる。

130/328
くさつた蛤(2/3)6/10

ありあけ

ながい疾患のいたみから、 その顔はくもの巣だらけとなり、 腰からしたは影のやうに消えてしまひ、 腰からうへには藪が生え、

131/328
くさつた蛤(2/3)7/10

手が腐れ 身体いちめんがじつにめちやくちやなり、 ああ、けふも月が出で、 有明の月が空に出で、 そのぼんぼりのやうなうすらあかりで、

132/328
くさつた蛤(2/3)8/10

畸形の白犬が吠えてゐる。 しののめちかく、 さみしい道路の方で吠える犬だよ。

133/328
くさつた蛤(2/3)9/10

まつくろけの猫が二疋、 なやましいよるの家根のうへで、 ぴんとたてた尻尾のさきから、 糸のやうなみかづきがかすんでゐる。

134/328
くさつた蛤(2/3)10/10

『おわあ、こんばんは』 『おわあ、こんばんは』 『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』 『おわああ、ここの家の主人は病気です』

135/328
くさつた蛤(2/3)1/3

つめたきもの生れ、 その歯はみづにながれ、 その手はみづにながれ、 潮さし行方もしらにながるるものを、 浅瀬をふみてわが呼ばへば、 貝は遠音にこたふ。

136/328
くさつた蛤(2/3)2/3

麦畑の一隅にて

まつ正直の心をもつて、 わたくしどもは話がしたい、 信仰からきたるものは、 すべて幽霊のかたちで視える、

137/328
くさつた蛤(2/3)3/3

かつてわたくしが視たところのものを、 はつきりと汝にもきかせたい、 およそこの類のものは、 さかんに装束せる、 光れる、 おほいなるかくしどころをもつた神の半身であつた。

138/328
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くさつた蛤(2/3)

13スナック

くさつた蛤(3/3)
くさつた蛤(3/3)1/10

陽春

ああ、春は遠くからけぶつて来る、 ぽつくりふくらんだ柳の芽のしたに、 やさしいくちびるをさしよせ、 をとめのくちづけを吸ひこみたさに、

139/328
くさつた蛤(3/3)2/10

春は遠くからごむ輪のくるまにのつて来る。 ぼんやりした景色のなかで、 白いくるまやさんの足はいそげども、 ゆくゆく車輪がさかさにまわり、 しだいに梶棒が地面をはなれ出し、

140/328
くさつた蛤(3/3)3/10

おまけにお客さまの腰がへんにふらふらとして、 これではとてもあぶなさうなと、 とんでもない時に春がまつしろの欠伸をする。

141/328
くさつた蛤(3/3)4/10

くさつた蛤

半身は砂のなかにうもれてゐて、 それで居てべろべろ舌を出して居る。 この軟体動物のあたまの上には、 砂利や潮みづが、ざら、ざら、ざら、ざら流れてゐる、 ながれてゐる、 ああ夢のやうにしづかにもながれてゐる。

142/328
くさつた蛤(3/3)5/10

ながれてゆく砂と砂との隙間から、 蛤はまた舌べろをちらちらと赤くもえいづる、 この蛤は非常に憔悴れてゐるのである。 みればぐにやぐにやした内臓がくさりかかつて居るらしい、 それゆゑ哀しげな晩かたになると、 青ざめた海岸に坐つてゐて、 ちら、ちら、ちら、ちらとくさつた息をするのですよ。

143/328
くさつた蛤(3/3)6/10

春の実体

かずかぎりもしれぬ虫けらの卵にて、 春がみつちりとふくれてしまつた、 げにげに眺めみわたせば、 どこもかしこもこの類の卵にてぎつちりだ。

144/328
くさつた蛤(3/3)7/10

桜のはなをみてあれば、 桜のはなにもこの卵いちめんに透いてみえ、 やなぎの枝にも、もちろんなり、 たとへば蛾蝶のごときものさへ、 そのうすき羽は卵にてかたちづくられ、

145/328
くさつた蛤(3/3)8/10

それがあのやうに、ぴかぴかぴかぴか光るのだ。 ああ、瞳にもみえざる、 このかすかな卵のかたちは楕円形にして、 それがいたるところに押しあひへしあひ、 空気中いつぱいにひろがり、

146/328
くさつた蛤(3/3)9/10

ふくらみきつたごむまりのやうに固くなつてゐるのだ、 よくよく指のさきでつついてみたまへ、 春といふものの実体がおよそこのへんにある。

147/328
くさつた蛤(3/3)10/10

贈物にそへて

兵隊どもの列の中には、 性分のわるいものが居たので、 たぶん標的の図星をはづした。 銃殺された男が、

148/328
くさつた蛤(3/3)1/1

夢のなかで息をふきかへしたときに、 空にはさみしいなみだがながれてゐた。 『これはさういふ種類の煙草です』

149/328
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くさつた蛤(3/3)

11スナック

さびしい情慾(1/2)
さびしい情慾(1/2)1/10

愛憐

きつと可愛いかたい歯で、 草のみどりをかみしめる女よ、 女よ、 このうす青い草のいんきで、

150/328
さびしい情慾(1/2)2/10

まんべんなくお前の顔をいろどつて、 おまへの情慾をたかぶらしめ、 しげる草むらでこつそりあそばう、 みたまへ、 ここにはつりがね草がくびをふり、

151/328
さびしい情慾(1/2)3/10

あそこではりんだうの手がしなしなと動いてゐる、 ああわたしはしつかりとお前の乳房を抱きしめる、 お前はお前で力いつぱいに私のからだを押へつける、 さうしてこの人気のない野原の中で、 わたしたちは蛇のやうなあそびをしよう、 ああ私は私できりきりとお前を可愛がつてやり、 おまへの美しい皮膚の上に、青い草の葉の汁をぬりつけてやる。

152/328
さびしい情慾(1/2)4/10

恋を恋する人

わたしはくちびるにべにをぬつて、 あたらしい白樺の幹に接吻した、 よしんば私が美男であらうとも、 わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない、

153/328
さびしい情慾(1/2)5/10

わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいのにほひがしない、 わたしはしなびきつた薄命男だ、 ああ、なんといふいぢらしい男だ、 けふのかぐはしい初夏の野原で、 きらきらする木立の中で、

154/328
さびしい情慾(1/2)6/10

手には空色の手ぶくろをすつぽりとはめてみた、 腰にはこるせつとのやうなものをはめてみた、 襟には襟おしろいのやうなものをぬりつけた、 かうしてひつそりとしなをつくりながら、 わたしは娘たちのするやうに、

155/328
さびしい情慾(1/2)7/10

こころもちくびをかしげて、 あたらしい白樺の幹に接吻した、 くちびるにばらいろのべにをぬつて、 まつしろの高い樹木にすがりついた。

156/328
さびしい情慾(1/2)8/10

五月の貴公子

若草の上をあるいてゐるとき、 わたしの靴は白い足あとをのこしてゆく、 ほそいすてつきの銀が草でみがかれ、 まるめてぬいだ手ぶくろが宙でおどつて居る、

157/328
さびしい情慾(1/2)9/10

ああすつぱりといつさいの憂愁をなげだして、 わたしは柔和の羊になりたい、 しつとりとした貴女のくびに手をかけて、 あたらしいあやめおしろいのにほひをかいで居たい、 若くさの上をあるいてゐるとき、 わたしは五月の貴公子である。

158/328
さびしい情慾(1/2)10/10

白い月

はげしいむし歯のいたみから、 ふくれあがつた頬つぺたをかかへながら、 わたしは棗の木の下を掘つてゐた、 なにかの草の種を蒔かうとして、

159/328
さびしい情慾(1/2)1/1

きやしやの指を泥だらけにしながら、 つめたい地べたを掘つくりかへした、 ああ、わたしはそれをおぼえてゐる、 うすらさむい日のくれがたに、 まあたらしい穴の下で、

160/328
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さびしい情慾(1/2)

11スナック

さびしい情慾(2/2)
さびしい情慾(2/2)1/10

ちろ、ちろ、とみみずがうごいてゐた、 そのとき低い建物のうしろから、 まつしろい女の耳を、 つるつるとなでるやうに月があがつた、 月があがつた。 幼童思慕詩篇

161/328
さびしい情慾(2/2)2/10

肖像

あいつはいつも歪んだ顔をして、 窓のそばに突つ立つてゐる、 白いさくらが咲く頃になると、 あいつはまた地面の底から、

162/328
さびしい情慾(2/2)3/10

むぐらもちのやうに這ひ出してくる、 ぢつと足音をぬすみながら、 あいつが窓にしのびこんだところで、 おれは早取写真にうつした。

163/328
さびしい情慾(2/2)4/10

ぼんやりした光線のかげで、 白つぽけた乾板をすかして見たら、 なにかの影のやうに薄く写つてゐた。 おれのくびから上だけが、 おいらん草のやうにふるへてゐた。

164/328
さびしい情慾(2/2)5/10

さびしい人格

さびしい人格が私の友を呼ぶ、 わが見知らぬ友よ、早くきたれ、 ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話してゐよう、 なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさう、

165/328
さびしい情慾(2/2)6/10

遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居よう、 しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合つて居よう、 母にも父にも兄弟にも遠くはなれて、 母にも父にも知らない孤児の心をむすび合はさう、 ありとあらゆる人間の生活の中で、

166/328
さびしい情慾(2/2)7/10

おまへと私だけの生活について話し合はう、 まづしいたよりない、二人だけの秘密の生活について、 ああ、その言葉は秋の落葉のやうに、そうそうとして膝の上にも散つてくるではないか。

167/328
さびしい情慾(2/2)8/10

わたしの胸は、かよわい病気したをさな児の胸のやうだ。 わたしの心は恐れにふるえる、せつない、せつない、熱情のうるみに燃えるやうだ。 ああいつかも、私は高い山の上へ登つて行つた、 けはしい坂路をあふぎながら、虫けらのやうにあこがれて登つて行つた、 山の絶頂に立つたとき、虫けらはさびしい涙をながした。 あふげば、ぼうぼうたる草むらの山頂で、おほきな白つぽい雲がながれてゐた。

168/328
さびしい情慾(2/2)9/10

自然はどこでも私を苦しくする、 そして人情は私を陰鬱にする、 むしろ私はにぎやかな都会の公園を歩きつかれて、 とある寂しい木蔭に椅子をみつけるのが好きだ、 ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ、 ああ、都会の空をとほく悲しくながれてゆく煤煙、 またその建築の屋根をこえて、はるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好きだ。

169/328
さびしい情慾(2/2)10/10

よにもさびしい私の人格が、 おほきな声で見知らぬ友をよんで居る、 わたしの卑屈な不思議な人格が、 鴉のやうなみすぼらしい様子をして、 人気のない冬枯れの椅子の片隅にふるえて居る。

170/328
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さびしい情慾(2/2)

10スナック

見知らぬ犬(1/2)
見知らぬ犬(1/2)1/10

見しらぬ犬

この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、 みすぼらしい、後足でびつこをひいてゐる不具の犬のかげだ。

171/328
見知らぬ犬(1/2)2/10

ああ、わたしはどこへ行くのか知らない、 わたしのゆく道路の方角では、 長屋の家根がべらべらと風にふかれてゐる、 道ばたの陰気な空地では、 ひからびた草の葉つぱがしなしなとほそくうごいて居る。

172/328
見知らぬ犬(1/2)3/10

ああ、わたしはどこへ行くのか知らない、 おほきな、いきもののやうな月が、ぼんやりと行手に浮んでゐる、 さうして背後のさびしい往来では、 犬のほそながい尻尾の先が地べたの上をひきずつて居る。

173/328
見知らぬ犬(1/2)4/10

ああ、どこまでも、どこまでも、 この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、 きたならしい地べたを這ひまはつて、 わたしの背後で後足をひきずつてゐる病気の犬だ、 とほく、ながく、かなしげにおびえながら、 さびしい空の月に向つて遠白く吠えるふしあはせの犬のかげだ。

174/328
見知らぬ犬(1/2)5/10

青樹の梢をあふぎて

まづしい、さみしい町の裏通りで、 青樹がほそほそと生えてゐた。

175/328
見知らぬ犬(1/2)6/10

わたしは愛をもとめてゐる、 わたしを愛する心のまづしい乙女を求めてゐる、 そのひとの手は青い梢の上でふるへてゐる、 わたしの愛を求めるために、いつも高いところでやさしい感情にふるへてゐる。

176/328
見知らぬ犬(1/2)7/10

わたしは遠い遠い街道で乞食をした、 みぢめにも飢ゑた心が腐つた葱や肉のにほひを嗅いで涙をながした、 うらぶれはてた乞食の心でいつも町の裏通りを歩きまはつた。

177/328
見知らぬ犬(1/2)8/10

愛をもとめる心は、かなしい孤独の長い長いつかれの後にきたる、 それはなつかしい、おほきな海のやうな感情である。

178/328
見知らぬ犬(1/2)9/10

道ばたのやせ地に生えた青樹の梢で、 ちつぽけな葉つぱがひらひらと風にひるがへつてゐた。

179/328
見知らぬ犬(1/2)10/10

蛙よ

蛙よ、 青いすすきやよしの生えてる中で、 蛙は白くふくらんでゐるやうだ、 雨のいつぱいにふる夕景に、 ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ、と鳴く蛙。

180/328
見知らぬ犬(1/2)1/3

まつくらの地面をたたきつける、 今夜は雨や風のはげしい晩だ、 つめたい草の葉つぱの上でも、 ほつと息をすひこむ蛙、 ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ、と鳴く蛙。

181/328
見知らぬ犬(1/2)2/3

蛙よ、 わたしの心はお前から遠くはなれて居ない、 わたしは手に燈灯をもつて、 くらい庭の面を眺めて居た、 雨にしほるる草木の葉を、つかれた心もちで眺めて居た。

182/328
見知らぬ犬(1/2)3/3

山に登る

旅よりある女に贈る

183/328
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見知らぬ犬(1/2)

13スナック

見知らぬ犬(2/2)
見知らぬ犬(2/2)1/10

山の頂上にきれいな草むらがある、 その上でわたしたちは寝ころんでゐた。 眼をあげてとほい麓の方を眺めると、 いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた。 空には風がながれてゐる、

184/328
見知らぬ犬(2/2)2/10

おれは小石をひろつて口にあてながら、 どこといふあてもなしに、 ぼうぼうとした山の頂上をあるいてゐた。

185/328
見知らぬ犬(2/2)3/10

おれはいまでも、お前のことを思つてゐるのだ。

186/328
見知らぬ犬(2/2)4/10

海水旅館

赤松の林をこえて、 くらきおほなみはとほく光つてゐた、 このさびしき越後の海岸、 しばしはなにを祈るこころぞ、

187/328
見知らぬ犬(2/2)5/10

ひとり夕餉ををはりて、 海水旅館の居間に灯を点ず。 くぢら浪海岸にて

188/328
見知らぬ犬(2/2)6/10

孤独

田舎の白つぽい道ばたで、 つかれた馬のこころが、 ひからびた日向の草をみつめてゐる、 ななめに、しのしのとほそくもえる、 ふるへるさびしい草をみつめる。

189/328
見知らぬ犬(2/2)7/10

田舎のさびしい日向に立つて、 おまへはなにを視てゐるのか、 ふるへる、わたしの孤独のたましひよ。

190/328
見知らぬ犬(2/2)8/10

このほこりつぽい風景の顔に、 うすく涙がながれてゐる。

191/328
見知らぬ犬(2/2)9/10

白い共同椅子

森の中の小径にそうて、 まつ白い共同椅子がならんでゐる、 そこらはさむしい山の中で、 たいそう緑のかげがふかい、

192/328
見知らぬ犬(2/2)10/10

あちらの森をすかしてみると、 そこにもさみしい木立がみえて、 上品な、まつしろな椅子の足がそろつてゐる。

193/328
見知らぬ犬(2/2)1/3

田舎を恐る

わたしは田舎をおそれる、 田舎の人気のない水田の中にふるへて、 ほそながくのびる苗の列をおそれる。 くらい家屋の中に住むまづしい人間のむれをおそれる。

194/328
見知らぬ犬(2/2)2/3

田舎のあぜみちに坐つてゐると、 おほなみのやうな土壌の重みが、わたしの心をくらくする、 土壌のくさつたにほひが私の皮膚をくろずませる、 冬枯れのさびしい自然が私の生活をくるしくする。

195/328
見知らぬ犬(2/2)3/3

田舎の空気は陰鬱で重くるしい、 田舎の手触りはざらざらして気もちがわるい、 わたしはときどき田舎を思ふと、 きめのあらい動物の皮膚のにほひに悩まされる。 わたしは田舎をおそれる、 田舎は熱病の青じろい夢である。

196/328
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見知らぬ犬(2/2)

13スナック

長詩二篇(1/4)
長詩二篇(1/4)1/10

雲雀の巣

おれはよにも悲しい心を抱いて故郷の河原を歩いた。 河原には、よめな、つくしのたぐひ、せり、なづな、すみれの根もぼうぼうと生えてゐた。 その低い砂山の蔭には利根川がながれてゐる。ぬすびとのやうに暗くやるせなく流れてゐる、 おれはぢつと河原にうづくまつてゐた。

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長詩二篇(1/4)2/10

おれの眼のまへには河原よもぎの草むらがある。 ひとつかみほどの草むらである。蓬はやつれた女の髪の毛のやうに、へらへらと風にうごいてゐた。 おれはあるいやなことをかんがへこんでゐる。それは恐ろしく不吉なかんがへだ。 そのうへ、きちがひじみた太陽がむしあつく帽子の上から照りつけるので、おれはぐつたり汗ばんでゐる。 あへぎ苦しむひとが水をもとめるやうに、おれはぐいと手をのばした。

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長詩二篇(1/4)3/10

おれのたましひをつかむやうにしてなにものかをつかんだ。 干からびた髪の毛のやうなものをつかんだ。 河原よもぎの中にかくされた雲雀の巣。

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長詩二篇(1/4)4/10

ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよと空では雲雀の親が鳴いてゐる。 おれはかわいさうな雲雀の巣をながめた。 巣はおれの大きな掌の上で、やさしくも毬のやうにふくらんだ。 いとけなく育くまれるものの愛に媚びる感覚が、あきらかにおれの心にかんじられた。 おれはへんてこに寂しくそして苦しくなつた。

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長詩二篇(1/4)5/10

おれはまた親鳥のやうに頸をのばして巣の中をのぞいた。 巣の中は夕暮どきの光線のやうに、うすぼんやりとしてくらかつた。 かぼそい植物の繊毛に触れるやうな、たとへやうもなく DELICATE の哀傷が、影のやうに神経の末梢をかすめて行つた。 巣の中のかすかな光線にてらされて、ねずみいろの雲雀の卵が四つほどさびしげに光つてゐた。 わたしは指をのばして卵のひとつをつまみあげた。

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長詩二篇(1/4)6/10

生あつたかい生物の呼吸が親指の腹をくすぐつた。 死にかかつた犬をみるときのやうな歯がゆい感覚が、おれの心の底にわきあがつた。 かういふときの人間の感覚の生ぬるい不快さから惨虐な罪が生れる。罪をおそれる心は罪を生む心のさきがけである。 おれは指と指とにはさんだ卵をそつと日光にすかしてみた。 うす赤いぼんやりしたものが血のかたまりのやうに透いてみえた。

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長詩二篇(1/4)7/10

つめたい汁のやうなものが感じられた、 そのとき指と指とのあひだに生ぐさい液体がじくじくと流れてゐるのをかんじた。 卵がやぶれた、 野蛮な人間の指が、むざんにも繊細なものを押しつぶしたのだ。 鼠いろの薄い卵の殻にはKといふ字が、赤くほんのりと書かれてゐた。

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長詩二篇(1/4)8/10

いたいけな小鳥の芽生、小鳥の親。 その可愛らしいくちばしから造つた巣、一所けんめいでやつた小動物の仕事、愛すべき本能のあらはれ。 いろいろな善良な、しほらしい考が私の心の底にはげしくこみあげた。 おれは卵をやぶつた。 愛と悦びとを殺して悲しみと呪ひとにみちた仕事をした。

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長詩二篇(1/4)9/10

くらい不愉快なおこなひをした。 おれは陰鬱な顔をして地面をながめつめた。 地面には小石や、硝子かけや、草の根などがいちめんにかがやいてゐた。 ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよと空では雲雀の親が鳴いてゐる。 なまぐさい春のにほひがする。

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長詩二篇(1/4)10/10

おれはまたあのいやのことをかんがへこんだ。 人間が人間の皮膚のにほひを嫌ふといふこと。 人間が人間の生殖器を醜悪にかんずること。 あるとき人間が馬のやうに見えること。 人間が人間の愛にうらぎりすること。

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長詩二篇(1/4)1/1

人間が人間をきらふこと。 ああ、厭人病者。 ある有名なロシヤ人の小説、非常に重たい小説をよむと厭人病者の話が出て居た。 それは立派な小説だ、けれども恐ろしい小説だ。 心が愛するものを肉体で愛することの出来ないといふのは、なんたる邪悪の思想であらう。なんたる醜悪の病気であらう。

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長詩二篇(1/4)

11スナック

長詩二篇(2/4)
長詩二篇(2/4)1/10

おれは生れていつぺんでも娘たちに接吻したことはない。 ただ愛する小鳥たちの肩に手をかけて、せめては兄らしい言葉を言つたことすらもない。 ああ、愛する、愛する、愛する小鳥たち。 おれは人間を愛する。けれどもおれは人間を恐れる。 おれはときどき、すべての人々から脱れて孤独になる。そしておれの心は、すべての人々を愛することによつて涙ぐましくなる。

208/328
長詩二篇(2/4)2/10

おれはいつでも、人気のない寂しい海岸を歩きながら、遠い都の雑閙を思ふのがすきだ。 遠い都の灯ともし頃に、ひとりで故郷の公園地をあるくのがすきだ。 ああ、きのふもきのふとて、おれは悲しい夢をみつづけた。 おれはくさつた人間の血のにほひをかいだ。 おれはくるしくなる。

209/328
長詩二篇(2/4)3/10

おれはさびしくなる。 心で愛するものを、なにゆゑに肉体で愛することができないのか。 おれは懺悔する。 懺悔する。 おれはいつでも、くるしくなると懺悔する。 利根川の河原の砂の上に坐つて懺悔をする。

210/328
長詩二篇(2/4)4/10

ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよと、空では雲雀の親たちが鳴いてゐる。 河原蓬の根がぼうぼうとひろがつてゐる。 利根川はぬすびとのやうにこつそりと流れてゐる。 あちらにも、こちらにも、うれはしげな農人の顔がみえる。 それらの顔はくらくして地面をばかりみる。 地面には春が疱瘡のやうにむつくりと吹き出して居る。

211/328
長詩二篇(2/4)5/10

おれはいぢらしくも雲雀の卵を拾ひあげた。

212/328
長詩二篇(2/4)6/10

子供は笛が欲しかつた。 その時子供のお父さんは書きものをして居るらしく思はれた。 子供はお父さんの部屋をのぞきに行つた。 子供はひつそりと扉のかげに立つてゐた。 扉のかげにはさくらの花のにほひがする。

213/328
長詩二篇(2/4)7/10

そのとき室内で大人はかんがへこんでゐた、 大人の思想がくるくると渦まきをした、ある混み入つた思想のぢれんまが大人の心を痙攣させた。 みれば、ですくの上に突つ伏した大人の額を、いつのまにか蛇がぎりぎりとまきつけてゐた。 それは春らしい今朝の出来事が、そのひとの心を憂はしくしたのである。

214/328
長詩二篇(2/4)8/10

本能と良心と、 わかちがたき一つの心をふたつにわかたんとする大人の心のうらさびしさよ、 力をこめて引きはなされた二つの影は、糸のやうにもつれあひつつ、ほのぐらき明窓のあたりをさまようた。 人は自分の頭のうへに、それらの悲しい幽霊の通りゆく姿をみた。 大人は恐ろしさに息をひそめながら祈をはじめた

215/328
長詩二篇(2/4)9/10

「神よ、ふたつの心をひとつにすることなからしめたまへ」 けれどもながいあひだ、幽霊は扉のかげを出這入りした。 扉のかげにはさくらの花のにほひがした。 そこには青白い顔をした病身のかれの子供が立つて居た。 子供は笛が欲しかつたのである。

216/328
長詩二篇(2/4)10/10

子供は扉をひらいて部屋の一隅に立つてゐた。 子供は窓際のですくに突つ伏したおほいなる父の頭脳をみた。 その頭脳のあたりは甚だしい陰影になつてゐた。 子供の視線が蠅のやうにその場所にとまつてゐた。 子供のわびしい心がなにものかにひきつけられてゐたのだ。

217/328
長詩二篇(2/4)1/1

しだいに子供の心が力をかんじはじめた、 子供は実に、はつきりとした声で叫んだ。 みればそこには笛がおいてあつたのだ。 子供が欲しいと思つてゐた紫いろの小さい笛があつたのだ。

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長詩二篇(2/4)

11スナック

長詩二篇(3/4)
長詩二篇(3/4)1/10

子供は笛に就いてなにごとも父に話してはなかつた。 それ故この事実はまつたく偶然の出来事であつた。 おそらくはなにかの不思議なめぐりあはせであつたのだ。 けれども子供はかたく父の奇蹟を信じた。 もつとも偉大なる大人の思想が生み落した陰影の笛について、 卓の上に置かれた笛について。

219/328
長詩二篇(3/4)2/10

健康の都市 君が詩集の終りに

220/328
長詩二篇(3/4)3/10

大正二年の春もおしまひのころ、私は未知の友から一通の手紙をもらつた。私が当時雑誌ザムボアに出した小景異情といふ小曲風な詩について、今の詩壇では見ることの出来ない純な真実なものである。これからも君はこの道を行かれるやうに祈ると書いてあつた。私は未見の友達から手紙をもらつたことは此れが生れて初めてであり又此れほどまで鋭どく韻律の一端をも漏さぬ批評に接したことも之れまでには無かつたことである。

221/328
長詩二篇(3/4)4/10

私は直覚した。これは私とほぼ同じいやうな若い人であり境遇もほぼ似た人であると思つた。ちやうど東京に一年ばかり漂泊して帰つてゐたころで親しい友達といふものも無かつたので、私は饑ゑ渇いたやうにこの友達に感謝した。それからといふものは私だちは毎日のやうに手紙をやりとりして、ときには世に出さない作品をお互に批評し合つたりした。

222/328
長詩二篇(3/4)5/10

私はときをり寺院の脚高な縁側から国境山脈をゆめのやうに眺めながら此の友のゐる上野国や能く詩にかかれる利根川の堤防なぞを懐しく考へるやうになつたのである。会へばどんなに心分の触れ合ふことか。いまにも飛んで行きたいやうな気が何時も瞼を熱くした。この友もまた逢つて話したいなぞと、まるで二人は恋しあふやうな烈しい感情をいつも長い手紙で物語つた。

223/328
長詩二篇(3/4)6/10

私どもの純真な感情を植ゑ育ててゆくゆく日本の詩壇に現はれ立つ日のことや、またどうしても詩壇の為めに私どもが出なければならないやうな図抜けた強い意志も出来てゐた。どこまで行つても私どもはいつも離れないでゐようと女性と男性との間に約されるやうな誓ひも立てたりした。

224/328
長詩二篇(3/4)7/10

大正三年になつて私は上京した。そして生活といふものと正面からぶつかつて、私はすぐに疲れた。その時はこの友のゐる故郷とも近くなつてゐたので、私は草臥れたままですぐに友に逢ふことを喜んだ。友はその故郷の停車場でいきなり私のうろうろしてゐるのをつかまへた。私どもは握手した。友はどこか品のある瞳の大きな想像したとほりの毛唐のやうなとこのある人であつた。

225/328
長詩二篇(3/4)8/10

私どもは利根川の堤を松並木のおしまひに建つた旅館まで俥にのつた。浅間のけむりが長くこの上野まで尾を曳いて寒い冬の日が沈みかけてゐた。 旅館は利根川の上流の、市街はづれの静かな磧に向つて建てられてゐた。すぐに庭下駄をひつかけて茫々とした磧へ出られた。二月だといふのにいろいろなものの芽立ちが南に向いた畦だの崖だのにぞくぞく生えてゐた。友はよくこの磧から私をたづねてくれた。

226/328
長詩二篇(3/4)9/10

私どもは詩を見せ合つたり批評をし合つたりした。 大正四年友は出京した。 私どもは毎日会つた。そして私どもの狂はしいBARの生活が初まつた。暑い八月の東京の街路で時には劇しい議論をした。熱い熱い感情は鉄火のやうな量のある愛に燃えてゐた。ときには根津權現の境内やBARの卓の上で詩作をしたりした。私は私で極度の貧しさと戦ひながらも盃は唇を離れなかつた。そしていつも此友にやつかいをかけた。

227/328
長詩二篇(3/4)10/10

間もなく友は友の故郷へ私は私の国へ帰つた。そして端なく私どもの心持を結びつけるために『卓上噴水』といふぜいたくな詩の雑誌を出したが三冊でつぶれた。

228/328
長詩二篇(3/4)1/10

私どもが此の雑誌が出なくなつてからお互にまた逢ひたくなつたのである。友は私の生国に私を訪問することになつた。私のかいた海岸や砂丘や静かな北国の街々なぞの景情が友を遠い旅中の人として私の故郷を訪づれた。私が三年前に友の故郷を友とつれ立つて歩いたやうに、私は友をつれて故郷の街や公園を紹介した。私のゐるうすくらい寺院を友は私のゐさうな処だと喜んだ。

229/328
長詩二篇(3/4)2/10

または廓の日ぐれどきにあちこち動く赤襟の美しい姿を珍らしがつた。または私が時々に行く海岸の尼寺をも案内した。そこの砂山を越えて遠い長い渚を歩いたりして荒い日本海をも紹介した。それらは私どもを子供のやうにして楽しく日をくらさせた。そのころ私は愛してゐた一少女をも紹介した。 友は間もなくかへつた。それから友からの消息はばつたりと絶えた。友の肉体や思想の内部にいろいろの変化が起つたのも此時からである。

230/328
長詩二篇(3/4)3/10

手紙や通信はそれからあとは一つも来なかつた。私は哀しい気がした。あの高い友情は今友の内心から突然に消え失せたとは思へなかつた。あのやうな烈しい愛と熱とがもう私と友とを昔日のやうに結びつけることが出来なくなつたのであらうか。私には然う思へなかつた。 『竹』といふ詩が突然に発表された。からだぢうに巣喰つた病気が腐れた噴水のやうに、友の詩を味ふ私を不安にした。

231/328
長詩二篇(3/4)4/10

友の肉体と魂とは晴れた日にあをあをと伸上つた『竹』におびやかされた。竹を感じる力は友の肉体の上にまで重量を加へた。かれは、からだぢう竹が生えるやうな神経系統にぞくする恐竹病におそはれた。そしてまた友の肉体に潜んだいろいろな苦悶と疾患とが、友を非常な神経質な針のさきのやうなちくちくした痛みを絶えず経験させた。

232/328
長詩二篇(3/4)5/10

ながい疾患のいたみから、 その顔はくもの巣だらけとなり、 腰から下は影のやうに消えてしまひ、 腰から上には藪が生え、 手が腐れ

233/328
長詩二篇(3/4)6/10

身体いちめんがじつにめちやくちやなり、 ああ、けふも月が出で、 有明の月が空に出で、 そのぼんぼりのやうなうすらあかりで、 畸形の白犬が吠えてゐる。 しののめちかく、 さみしい道路の方で吠える犬だよ。

234/328
長詩二篇(3/4)7/10

私はこの詩を読んで永い間考へた。あの利根川のほとりで土筆やたんぽぽ又は匂ひ高い叙情小曲なぞをかいた此れが紅顔の彼の詩であらうか。かれの心も姿もあまりに変り果てた。かれはきみのわるい畸形の犬がぼうぼうと吠える月夜をぼんぼりのやうに病みつかれて歩いてゐる。ときは春の終りのころでもあらうか。

235/328
長詩二篇(3/4)8/10

二年にもあまる永い病気がすこしよくなりかけ、ある生ぬるい晩を歩きにでると世の中がすつかり変化つてしまつたやうに感じる。永遠といふものの力が自分のからだを外にしても斯うして空と地上とに何時までもある。道路の方で白い犬が、ゆめのやうなミスティックな響をもつてぼうぼうと吠えてゐる。そして自分の頭がいろいろな病のために白痴のやうにぼんやりしてゐる。ああ月が出てゐる。 私は次の頁をかへす。

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長詩二篇(3/4)9/10

とほく渚の方を見わたせば、 ぬれた渚路には、 腰から下のない病人の列があるいてゐる、 ふらりふらりと歩いてゐる。

237/328
長詩二篇(3/4)10/10

彼にとつては総てが変態であり恐怖であり幻惑であつた。かれの静かな心にうつつてくるのは、かれの病みつかれた顔や手足にまつはる悩ましい蜘蛛の巣である。彼は殆んど白痴に近い感覚の最も発作の静まつた時にすら、その指さきからきぬいとのやうなものの垂れるのを感じる。その幻覚はかれの魂を慰める。ああ蒼白なこの友が最もふしぎに最も自然に自分の指をつくづく眺めてゐるのに出会して涙なきものがゐようか。

238/328
長詩二篇(3/4)1/4

私と向ひ合つた怜悧な眼付はどんよりとして底深いところから静かに実に不審な病夢を見てゐるのである。 それらの詩篇が現はれると間もなく又ばつたり作がなかつた。私のとこへも通信もなかつた。私から求めると今私に手紙をくれるなとばかり何事も物語らなかつた。たうとう一年ばかり彼は誰にも会はなかつた。かれにとつて凡ての風景や人間がもう平気で見てゐられなくなつた。ことに人を怖れた。

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長詩二篇(3/4)2/4

まがりくねつて犬のやうに病んだ心と、人間のもつとも深い罪や科やに対して彼は自らを祈るに先立つて、その祈りを犯されることを厭うた。ひとりでゐることを、ひとりで祈ることを、ひとりで苦しみ考へることを、ああ、その間にも彼の疾患は辛い辛い痛みを加へた。かれはヨブのやうな苦しみを試みられてゐるやうでもあつた。なぜに自分はかやうに肉体的に病み苦しまなければならないかとさへ叫んだ。

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長詩二篇(3/4)3/4

かれにとつて或る一点を凝視するやうな祈祷の心持! どうにかして自分の力を、今持つてゐる意識を最つと高くし最つと良くするためにも此疾患を追ひ出してしまひたいとする心持! この一巻の詩の精神は、ここから発足してゐるのであつた。

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長詩二篇(3/4)4/4

彼の物語の深さはものの内臓にある。くらい人間のお腹にぐにやぐにやに詰つたいろいろな機械の病んだもの腐れかけたもの死にさうなものの類ひが今光の方面を向いてゐる。光の方へ。それこそ彼の求めてゐる一切である。彼の詩のあやしさはポオでもボドレエルでもなかつた。それはとうてい病んだものでなければ窺知することのできない特種な世界であつた。彼は祈つた。かれの祈祷は詩の形式であり懺悔の器でもあつた。

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長詩二篇(3/4)

24スナック

長詩二篇(4/4)
長詩二篇(4/4)1/10

天上の松を恋ふるより、 祈れるさまに吊されぬ

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長詩二篇(4/4)2/10

といふ天上縊死の一章を見ても、どれだけ彼が苦しんだことかが判る。かれの詩は子供がははおやの白い大きい胸にすがるやうにすなほな極めて懐しいものも其疾患の絶え間絶え間に物語られた。 萩原君。 私はここまで書いて此の物語が以前に送つた跋文にくらべて、どこか物足りなさを感じた。君がふとしたことから跋文を紛失したと青い顔をして来たときに思つた。あれは再度かけるものではない。

244/328
長詩二篇(4/4)3/10

かけても其書いてゐたときの熱情と韻律とが二度と浮んでこないことを苦しんだ。けれどもペンをとると一気に十枚ばかり書いた。けれどもこれ以上書けない。これだけでは兄の詩集をけがすに過ぎぬ。一つは兄が私の跋文を紛失させた罪もあるが。 唯私はこの二度目の此の文章をかいて知つたことは、兄の詩を余りに愛し過ぎ、兄の生活をあまりに知り過ぎてゐるために、私に批評が出来ないやうな気がすることだ。

245/328
長詩二篇(4/4)4/10

思へば私どもの交つてからもう五六年になるが、兄は私にとつていつもよい刺戟と鞭撻を与へてくれた。あの奇怪な『猫』の表現の透徹した心持は、幾度となく私の模倣したものであつたが物にならなかつた。兄の繊細な恐ろしい過敏な神経質なものの見かたは、いつもサイコロジカルに滲透してゐた。そこへは私は行かうとして行けなかつたところだ。 兄の健康は今兄の手にもどらうとしてゐる。兄はこれからも変化するだらう。

246/328
長詩二篇(4/4)5/10

兄のあつい愛は兄の詩をますます砥ぎすました者にするであらう。兄にとつて病多い人生がカラリと晴れ上つて兄の肉体を温めるであらう。私は兄を福祉する。兄のためにこの人類のすべてが最つと健康な幸福を与へてくれるであらう。そして兄が此の悩ましくも美しい一巻を抱いて街頭に立つとしたらば、これを読むものはどれだけ兄が苦しんだかを理解するやうになる。

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長詩二篇(4/4)6/10

此の数多い詩篇をほんとに解るものは、兄の苦しんだものを又必然苦しまねばならぬ。そして皆は兄の蒼白な手をとつて親しく微笑して更らに健康と勇気と光との世界を求めるやうになるであらう。更らにこれらの詩篇によつて物語られた特異な世界と、人間の感覚を極度までに繊細に鋭どく働かしてそこに神経ばかりの仮令へば歯痛のごとき苦悶を最も新らしい表現と形式によつたことを皆は認めるであらう。

248/328
長詩二篇(4/4)7/10

も一歩進んで言へば君ほど日本語にかげと深さを注意したものは私の知るかぎりでは今までには無かつた。君は言葉よりもそのかげと量と深さとを音楽的な才分とで創造した。君は楽器で表現できないリズムに注意深い耳をもつてゐた。君自らが音楽家であつたといふ事実をよそにしても、いろはにほへを鍵盤にした最も進んだ詩人の一人であつた。 ああ君の魂に祝福あれ。 大声でしかも地響のする声量で私は呼ぶ。

249/328
長詩二篇(4/4)8/10

健康なれ! おお健康なれ! と。 千九百十六年十二月十五日深更 東京郊外田端にて 室生犀星

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長詩二篇(4/4)9/10

故田中恭吉氏の芸術に就いて

251/328
長詩二篇(4/4)10/10

雑誌「月映」を通じて、私が恭吉氏の芸術を始めて知つたのは、今から二年ほど以前のことである。当時、私があの素ばらしい芸術に接して、どんなに驚異と嘆美の瞳をみはつたかと言ふことは、殊更らに言ふまでもないことであらう。実に私は自分の求めてゐる心境の世界の一部分を、田中氏の芸術によつて一層はつきりと凝視することが出来たのである。

252/328
長詩二篇(4/4)1/10

その頃、私は自分の詩集の装幀や画を依頼する人を物色して居た際なので、この新らしい知己を得た悦びは一層深甚なものであつた。まもなく恩地孝氏の紹介によつて私と恭吉氏とは、互にその郷里から書簡を往復するやうな間柄になつた。 幸にも、恭吉氏は以前から私の詩を愛読して居られたので、二人の友情はたちまち深い所まで進んで行つた。

253/328
長詩二篇(4/4)2/10

当時、重患の病床中にあつた恭吉氏は、私の詩集の計画をきいて自分のことのやうに悦んでくれた。そしてその装幀と画のために、彼のすべての「生命の残部」を傾注することを約束された。 とはいへ、それ以来、氏からの消息はばつたり絶えてしまつた。そして恩地氏からの手紙では「いよいよ恭吉の最後も近づいた」といふことであつた。それから暫らくして或日突然、恩地氏から一封の書留小包が届いた。

254/328
長詩二篇(4/4)3/10

それは恭吉氏の私のために傾注しつくされた「生命の残部」であつた。床中で握りつめながら死んだといふ傷ましい形見の遺作であつた。私はきびしい心でそれを押戴いた。(この詩集に入した金泥の口絵と、赤地に赤いインキで薄く画いた線画がその形見である。この赤い絵は、劇薬を包む赤い四角の紙に赤いインキで描かれてあつた。恐らくは未完成の下図であつたらう。非常に緊張した鋭どいものである。

255/328
長詩二篇(4/4)4/10

その他の数葉は氏の遺作集から恩地君が選抜した。) 恭吉氏は自分の芸術を称して、自ら「傷める芽」と言つて居た。世にも稀有な鬼才をもちながら、不幸にして現代に認められることが出来ないで、あまつさへその若い生涯の殆んど全部を不治の病床生活に終つて寂しく夭死して仕舞つた無名の天才画家のことを考へると、私は胸に釘をうたれたやうな苦しい痛みをかんずる。

256/328
長詩二篇(4/4)5/10

思ふに恭吉氏の芸術は「傷める生命」そのもののやるせない絶叫であつた。実に氏の芸術は「語る」といふのではなくして、殆んど「絶叫」に近いほど張りつめた生命の苦喚の声であつた。私は日本人の手に成つたあらゆる芸術の中で、氏の芸術ほど真に生命的な、恐ろしい真実性にふれたものを、他に決して見たことはない。

257/328
長詩二篇(4/4)6/10

恭吉氏の病床生活を通じて、彼の生命を悩ましたものは、その異常なる性慾の発作と、死に面接する絶えまなき恐怖であつた。 就中、その性慾は、ああした病気に特有な一種の恐ろしい熱病的執拗をもつて、絶えず此の不幸な青年を苦しめたものである。恭吉氏の芸術に接した人は、そのありとあらゆる線が、無気味にも悉く「性慾の嘆き」を語つて居る事に気がつくであらう。

258/328
長詩二篇(4/4)7/10

それらの異常なる絵画は、見る人にとつては真に戦慄すべきものである。 「押へても押へても押へきれない性慾の発作」それはむざむざと彼の若い生命を喰ひつめた悪魔の手であつた。しかも身動きも出来ないやうな重病人にとつて、かうした性慾の発作が何にならうぞ。彼の芸術では、凡ての線が此の「対象の得られない性慾」の悲しみを訴へて居る。そこには気味の悪いほど深酷な音楽と祈祷とがある。

259/328
長詩二篇(4/4)8/10

襲ひくる性慾の発作のまへに、彼はいつも瞳を閉ぢて低く唄つた。

260/328
長詩二篇(4/4)9/10

こころよ こころよ しづまれ しのびて しのびて しのべよ

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長詩二篇(4/4)10/10

何といふ善良な、至純な心根をもつた人であらう。たれかこのいぢらしい感傷の声をきいて涙を流さずに居られよう。 一方、かうした肉体の苦悩に呪はれながら、一方に彼はまた、眼のあたり死に面接する絶えまなき恐怖に襲はれて居た。彼はどんなに死を恐れて居たか解らない。

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長詩二篇(4/4)1/4

「とても取り返すことの出来ない生」を取り返さうとして、墓場の下から身を起さうとして無益に焦心する、悲しいたましひのすすりなきのやうなものが、彼の不思議の芸術の一面であつた。そこには深い深い絶望の嗟嘆と、人間の心のどん底からにじみ出た恐ろしい深酷なセンチメンタリズムとがある。 併し此等のことは、私がここに拙悪な文章で紹介するまでもないことである。

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長詩二篇(4/4)2/4

見る人が、彼の芸術を見さへすれば、何もかも全感的に解ることである。すべて芸術をみるに、その形状や事実の概念を離れて、直接その内部生命であるリズムにまで触感することの出来る人にとつては、一切の解説や紹介は不要なものにすぎないから。 要するに、田中恭吉氏の芸術は「異常な性慾のなやみ」と「死に面接する恐怖」との感傷的交錯である。

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長詩二篇(4/4)3/4

もちろん、私は絵画の方面では、全く智識のない素人であるから、専門的の立場から観照的に氏の芸術の優劣を批判することは出来ない。ただ私の限りなく氏を愛敬してその夭折を傷む所以は、勿論、氏の態度や思想や趣味性に私と共鳴する所の多かつたにもよるが、それよりも更に大切なことは、氏の芸術が真に恐ろしい人間の生命そのものに根ざした絶叫であつたと言ふことである。

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長詩二篇(4/4)4/4

そしてかうした第一義的の貴重な創作を見ることは、現代の日本に於ては、極めて極めて特異な現象であるといふことである。 萩原朔太郎

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長詩二篇(4/4)

24スナック

健康の都市(1/4)
健康の都市(1/4)1/10

君が詩集の終りに大正二年の春もおしまひのころ、私は未知の友から一通の手紙をもらつた。私が当時雑誌ザムボアに出した小景異情といふ小曲風な詩について、今の詩壇では見ることの出来ない純な真実なものである。これからも君はこの道を行かれるやうに祈ると書いてあつた。

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健康の都市(1/4)2/10

私は未見の友達から手紙をもらつたことは此れが生れて初めてであり又此れほどまで鋭どく韻律の一端をも漏さぬ批評に接したことも之れまでには無かつたことである。私は直覚した。これは私とほぼ同じいやうな若い人であり境遇もほぼ似た人であると思つた。

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健康の都市(1/4)3/10

ちやうど東京に一年ばかり漂泊して帰つてゐたころで親しい友達といふものも無かつたので、私は饑ゑ渇いたやうにこの友達に感謝した。それからといふものは私だちは毎日のやうに手紙をやりとりして、ときには世に出さない作品をお互に批評し合つたりした。

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健康の都市(1/4)4/10

私はときをり寺院の脚高な縁側から国境山脈をゆめのやうに眺めながら此の友のゐる上野国や能く詩にかかれる利根川の堤防なぞを懐しく考へるやうになつたのである。会へばどんなに心分の触れ合ふことか。いまにも飛んで行きたいやうな気が何時も瞼を熱くした。

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健康の都市(1/4)5/10

この友もまた逢つて話したいなぞと、まるで二人は恋しあふやうな烈しい感情をいつも長い手紙で物語つた。私どもの純真な感情を植ゑ育ててゆくゆく日本の詩壇に現はれ立つ日のことや、またどうしても詩壇の為めに私どもが出なければならないやうな図抜けた強い意志も出来てゐた。

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健康の都市(1/4)6/10

どこまで行つても私どもはいつも離れないでゐようと女性と男性との間に約されるやうな誓ひも立てたりした。大正三年になつて私は上京した。そして生活といふものと正面からぶつかつて、私はすぐに疲れた。

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健康の都市(1/4)7/10

その時はこの友のゐる故郷とも近くなつてゐたので、私は草臥れたままですぐに友に逢ふことを喜んだ。友はその故郷の停車場でいきなり私のうろうろしてゐるのをつかまへた。私どもは握手した。友はどこか品のある瞳の大きな想像したとほりの毛唐のやうなとこのある人であつた。

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健康の都市(1/4)8/10

私どもは利根川の堤を松並木のおしまひに建つた旅館まで俥にのつた。浅間のけむりが長くこの上野まで尾を曳いて寒い冬の日が沈みかけてゐた。旅館は利根川の上流の、市街はづれの静かな磧に向つて建てられてゐた。すぐに庭下駄をひつかけて茫々とした磧へ出られた。

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健康の都市(1/4)9/10

二月だといふのにいろいろなものの芽立ちが南に向いた畦だの崖だのにぞくぞく生えてゐた。友はよくこの磧から私をたづねてくれた。私どもは詩を見せ合つたり批評をし合つたりした。大正四年友は出京した。私どもは毎日会つた。そして私どもの狂はしいBARの生活が初まつた。

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健康の都市(1/4)10/10

暑い八月の東京の街路で時には劇しい議論をした。熱い熱い感情は鉄火のやうな量のある愛に燃えてゐた。ときには根津權現の境内やBARの卓の上で詩作をしたりした。私は私で極度の貧しさと戦ひながらも盃は唇を離れなかつた。そしていつも此友にやつかいをかけた。

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健康の都市(1/4)1/1

間もなく友は友の故郷へ私は私の国へ帰つた。そして端なく私どもの心持を結びつけるために『卓上噴水』といふぜいたくな詩の雑誌を出したが三冊でつぶれた。私どもが此の雑誌が出なくなつてからお互にまた逢ひたくなつたのである。友は私の生国に私を訪問することになつた。

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健康の都市(1/4)

11スナック

健康の都市(2/4)
健康の都市(2/4)1/10

私のかいた海岸や砂丘や静かな北国の街々なぞの景情が友を遠い旅中の人として私の故郷を訪づれた。私が三年前に友の故郷を友とつれ立つて歩いたやうに、私は友をつれて故郷の街や公園を紹介した。私のゐるうすくらい寺院を友は私のゐさうな処だと喜んだ。

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健康の都市(2/4)2/10

または廓の日ぐれどきにあちこち動く赤襟の美しい姿を珍らしがつた。または私が時々に行く海岸の尼寺をも案内した。そこの砂山を越えて遠い長い渚を歩いたりして荒い日本海をも紹介した。それらは私どもを子供のやうにして楽しく日をくらさせた。

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健康の都市(2/4)3/10

そのころ私は愛してゐた一少女をも紹介した。友は間もなくかへつた。それから友からの消息はばつたりと絶えた。友の肉体や思想の内部にいろいろの変化が起つたのも此時からである。手紙や通信はそれからあとは一つも来なかつた。私は哀しい気がした。

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健康の都市(2/4)4/10

あの高い友情は今友の内心から突然に消え失せたとは思へなかつた。あのやうな烈しい愛と熱とがもう私と友とを昔日のやうに結びつけることが出来なくなつたのであらうか。私には然う思へなかつた。『竹』といふ詩が突然に発表された。

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健康の都市(2/4)5/10

からだぢうに巣喰つた病気が腐れた噴水のやうに、友の詩を味ふ私を不安にした。友の肉体と魂とは晴れた日にあをあをと伸上つた『竹』におびやかされた。竹を感じる力は友の肉体の上にまで重量を加へた。かれは、からだぢう竹が生えるやうな神経系統にぞくする恐竹病におそはれた。

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健康の都市(2/4)6/10

そしてまた友の肉体に潜んだいろいろな苦悶と疾患とが、友を非常な神経質な針のさきのやうなちくちくした痛みを絶えず経験させた。

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健康の都市(2/4)7/10

ながい疾患のいたみから、 その顔はくもの巣だらけとなり、 腰から下は影のやうに消えてしまひ、 腰から上には藪が生え、 手が腐れ

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健康の都市(2/4)8/10

身体いちめんがじつにめちやくちやなり、 ああ、けふも月が出で、 有明の月が空に出で、 そのぼんぼりのやうなうすらあかりで、 畸形の白犬が吠えてゐる。 しののめちかく、 さみしい道路の方で吠える犬だよ。

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健康の都市(2/4)9/10

私はこの詩を読んで永い間考へた。あの利根川のほとりで土筆やたんぽぽ又は匂ひ高い叙情小曲なぞをかいた此れが紅顔の彼の詩であらうか。かれの心も姿もあまりに変り果てた。かれはきみのわるい畸形の犬がぼうぼうと吠える月夜をぼんぼりのやうに病みつかれて歩いてゐる。

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健康の都市(2/4)10/10

ときは春の終りのころでもあらうか。二年にもあまる永い病気がすこしよくなりかけ、ある生ぬるい晩を歩きにでると世の中がすつかり変化つてしまつたやうに感じる。永遠といふものの力が自分のからだを外にしても斯うして空と地上とに何時までもある。

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健康の都市(2/4)1/1

道路の方で白い犬が、ゆめのやうなミスティックな響をもつてぼうぼうと吠えてゐる。そして自分の頭がいろいろな病のために白痴のやうにぼんやりしてゐる。ああ月が出てゐる。私は次の頁をかへす。

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健康の都市(2/4)

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健康の都市(3/4)
健康の都市(3/4)1/10

とほく渚の方を見わたせば、 ぬれた渚路には、 腰から下のない病人の列があるいてゐる、 ふらりふらりと歩いてゐる。

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健康の都市(3/4)2/10

彼にとつては総てが変態であり恐怖であり幻惑であつた。かれの静かな心にうつつてくるのは、かれの病みつかれた顔や手足にまつはる悩ましい蜘蛛の巣である。彼は殆んど白痴に近い感覚の最も発作の静まつた時にすら、その指さきからきぬいとのやうなものの垂れるのを感じる。

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健康の都市(3/4)3/10

その幻覚はかれの魂を慰める。ああ蒼白なこの友が最もふしぎに最も自然に自分の指をつくづく眺めてゐるのに出会して涙なきものがゐようか。私と向ひ合つた怜悧な眼付はどんよりとして底深いところから静かに実に不審な病夢を見てゐるのである。

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健康の都市(3/4)4/10

それらの詩篇が現はれると間もなく又ばつたり作がなかつた。私のとこへも通信もなかつた。私から求めると今私に手紙をくれるなとばかり何事も物語らなかつた。たうとう一年ばかり彼は誰にも会はなかつた。かれにとつて凡ての風景や人間がもう平気で見てゐられなくなつた。

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健康の都市(3/4)5/10

ことに人を怖れた。まがりくねつて犬のやうに病んだ心と、人間のもつとも深い罪や科やに対して彼は自らを祈るに先立つて、その祈りを犯されることを厭うた。

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健康の都市(3/4)6/10

ひとりでゐることを、ひとりで祈ることを、ひとりで苦しみ考へることを、ああ、その間にも彼の疾患は辛い辛い痛みを加へた。かれはヨブのやうな苦しみを試みられてゐるやうでもあつた。なぜに自分はかやうに肉体的に病み苦しまなければならないかとさへ叫んだ。

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健康の都市(3/4)7/10

かれにとつて或る一点を凝視するやうな祈祷の心持! どうにかして自分の力を、今持つてゐる意識を最つと高くし最つと良くするためにも此疾患を追ひ出してしまひたいとする心持! この一巻の詩の精神は、ここから発足してゐるのであつた。彼の物語の深さはものの内臓にある。

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健康の都市(3/4)8/10

くらい人間のお腹にぐにやぐにやに詰つたいろいろな機械の病んだもの腐れかけたもの死にさうなものの類ひが今光の方面を向いてゐる。光の方へ。それこそ彼の求めてゐる一切である。彼の詩のあやしさはポオでもボドレエルでもなかつた。

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健康の都市(3/4)9/10

それはとうてい病んだものでなければ窺知することのできない特種な世界であつた。彼は祈つた。かれの祈祷は詩の形式であり懺悔の器でもあつた。 天上の松を恋ふるより、 祈れるさまに吊されぬ

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健康の都市(3/4)10/10

といふ天上縊死の一章を見ても、どれだけ彼が苦しんだことかが判る。かれの詩は子供がははおやの白い大きい胸にすがるやうにすなほな極めて懐しいものも其疾患の絶え間絶え間に物語られた。萩原君。

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健康の都市(3/4)1/1

私はここまで書いて此の物語が以前に送つた跋文にくらべて、どこか物足りなさを感じた。君がふとしたことから跋文を紛失したと青い顔をして来たときに思つた。あれは再度かけるものではない。かけても其書いてゐたときの熱情と韻律とが二度と浮んでこないことを苦しんだ。

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健康の都市(3/4)

11スナック

健康の都市(4/4)
健康の都市(4/4)1/9

けれどもペンをとると一気に十枚ばかり書いた。けれどもこれ以上書けない。これだけでは兄の詩集をけがすに過ぎぬ。一つは兄が私の跋文を紛失させた罪もあるが。

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健康の都市(4/4)2/9

唯私はこの二度目の此の文章をかいて知つたことは、兄の詩を余りに愛し過ぎ、兄の生活をあまりに知り過ぎてゐるために、私に批評が出来ないやうな気がすることだ。思へば私どもの交つてからもう五六年になるが、兄は私にとつていつもよい刺戟と鞭撻を与へてくれた。

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健康の都市(4/4)3/9

あの奇怪な『猫』の表現の透徹した心持は、幾度となく私の模倣したものであつたが物にならなかつた。兄の繊細な恐ろしい過敏な神経質なものの見かたは、いつもサイコロジカルに滲透してゐた。そこへは私は行かうとして行けなかつたところだ。

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健康の都市(4/4)4/9

兄の健康は今兄の手にもどらうとしてゐる。兄はこれからも変化するだらう。兄のあつい愛は兄の詩をますます砥ぎすました者にするであらう。兄にとつて病多い人生がカラリと晴れ上つて兄の肉体を温めるであらう。私は兄を福祉する。

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健康の都市(4/4)5/9

兄のためにこの人類のすべてが最つと健康な幸福を与へてくれるであらう。そして兄が此の悩ましくも美しい一巻を抱いて街頭に立つとしたらば、これを読むものはどれだけ兄が苦しんだかを理解するやうになる。

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健康の都市(4/4)6/9

此の数多い詩篇をほんとに解るものは、兄の苦しんだものを又必然苦しまねばならぬ。そして皆は兄の蒼白な手をとつて親しく微笑して更らに健康と勇気と光との世界を求めるやうになるであらう。

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健康の都市(4/4)7/9

更らにこれらの詩篇によつて物語られた特異な世界と、人間の感覚を極度までに繊細に鋭どく働かしてそこに神経ばかりの仮令へば歯痛のごとき苦悶を最も新らしい表現と形式によつたことを皆は認めるであらう。

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健康の都市(4/4)8/9

も一歩進んで言へば君ほど日本語にかげと深さを注意したものは私の知るかぎりでは今までには無かつた。君は言葉よりもそのかげと量と深さとを音楽的な才分とで創造した。君は楽器で表現できないリズムに注意深い耳をもつてゐた。

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健康の都市(4/4)9/9

君自らが音楽家であつたといふ事実をよそにしても、いろはにほへを鍵盤にした最も進んだ詩人の一人であつた。ああ君の魂に祝福あれ。大声でしかも地響のする声量で私は呼ぶ。健康なれ! おお健康なれ! と。千九百十六年十二月十五日深更東京郊外田端にて室生犀星

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健康の都市(4/4)

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)
故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)1/10

雑誌「月映」を通じて、私が恭吉氏の芸術を始めて知つたのは、今から二年ほど以前のことである。当時、私があの素ばらしい芸術に接して、どんなに驚異と嘆美の瞳をみはつたかと言ふことは、殊更らに言ふまでもないことであらう。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)2/10

実に私は自分の求めてゐる心境の世界の一部分を、田中氏の芸術によつて一層はつきりと凝視することが出来たのである。その頃、私は自分の詩集の装幀や画を依頼する人を物色して居た際なので、この新らしい知己を得た悦びは一層深甚なものであつた。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)3/10

まもなく恩地孝氏の紹介によつて私と恭吉氏とは、互にその郷里から書簡を往復するやうな間柄になつた。幸にも、恭吉氏は以前から私の詩を愛読して居られたので、二人の友情はたちまち深い所まで進んで行つた。

311/328
故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)4/10

当時、重患の病床中にあつた恭吉氏は、私の詩集の計画をきいて自分のことのやうに悦んでくれた。そしてその装幀と画のために、彼のすべての「生命の残部」を傾注することを約束された。とはいへ、それ以来、氏からの消息はばつたり絶えてしまつた。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)5/10

そして恩地氏からの手紙では「いよいよ恭吉の最後も近づいた」といふことであつた。それから暫らくして或日突然、恩地氏から一封の書留小包が届いた。それは恭吉氏の私のために傾注しつくされた「生命の残部」であつた。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)6/10

床中で握りつめながら死んだといふ傷ましい形見の遺作であつた。私はきびしい心でそれを押戴いた。(この詩集に入した金泥の口絵と、赤地に赤いインキで薄く画いた線画がその形見である。この赤い絵は、劇薬を包む赤い四角の紙に赤いインキで描かれてあつた。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)7/10

恐らくは未完成の下図であつたらう。非常に緊張した鋭どいものである。その他の数葉は氏の遺作集から恩地君が選抜した。)恭吉氏は自分の芸術を称して、自ら「傷める芽」と言つて居た。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)8/10

世にも稀有な鬼才をもちながら、不幸にして現代に認められることが出来ないで、あまつさへその若い生涯の殆んど全部を不治の病床生活に終つて寂しく夭死して仕舞つた無名の天才画家のことを考へると、私は胸に釘をうたれたやうな苦しい痛みをかんずる。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)9/10

思ふに恭吉氏の芸術は「傷める生命」そのもののやるせない絶叫であつた。実に氏の芸術は「語る」といふのではなくして、殆んど「絶叫」に近いほど張りつめた生命の苦喚の声であつた。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)10/10

私は日本人の手に成つたあらゆる芸術の中で、氏の芸術ほど真に生命的な、恐ろしい真実性にふれたものを、他に決して見たことはない。恭吉氏の病床生活を通じて、彼の生命を悩ましたものは、その異常なる性慾の発作と、死に面接する絶えまなき恐怖であつた。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(1/2)

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)
故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)1/10

就中、その性慾は、ああした病気に特有な一種の恐ろしい熱病的執拗をもつて、絶えず此の不幸な青年を苦しめたものである。恭吉氏の芸術に接した人は、そのありとあらゆる線が、無気味にも悉く「性慾の嘆き」を語つて居る事に気がつくであらう。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)2/10

それらの異常なる絵画は、見る人にとつては真に戦慄すべきものである。「押へても押へても押へきれない性慾の発作」それはむざむざと彼の若い生命を喰ひつめた悪魔の手であつた。しかも身動きも出来ないやうな重病人にとつて、かうした性慾の発作が何にならうぞ。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)3/10

彼の芸術では、凡ての線が此の「対象の得られない性慾」の悲しみを訴へて居る。そこには気味の悪いほど深酷な音楽と祈祷とがある。襲ひくる性慾の発作のまへに、彼はいつも瞳を閉ぢて低く唄つた。こころよ こころよ しづまれ しのびて しのびて しのべよ

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)4/10

何といふ善良な、至純な心根をもつた人であらう。たれかこのいぢらしい感傷の声をきいて涙を流さずに居られよう。一方、かうした肉体の苦悩に呪はれながら、一方に彼はまた、眼のあたり死に面接する絶えまなき恐怖に襲はれて居た。彼はどんなに死を恐れて居たか解らない。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)5/10

「とても取り返すことの出来ない生」を取り返さうとして、墓場の下から身を起さうとして無益に焦心する、悲しいたましひのすすりなきのやうなものが、彼の不思議の芸術の一面であつた。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)6/10

そこには深い深い絶望の嗟嘆と、人間の心のどん底からにじみ出た恐ろしい深酷なセンチメンタリズムとがある。併し此等のことは、私がここに拙悪な文章で紹介するまでもないことである。見る人が、彼の芸術を見さへすれば、何もかも全感的に解ることである。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)7/10

すべて芸術をみるに、その形状や事実の概念を離れて、直接その内部生命であるリズムにまで触感することの出来る人にとつては、一切の解説や紹介は不要なものにすぎないから。要するに、田中恭吉氏の芸術は「異常な性慾のなやみ」と「死に面接する恐怖」との感傷的交錯である。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)8/10

もちろん、私は絵画の方面では、全く智識のない素人であるから、専門的の立場から観照的に氏の芸術の優劣を批判することは出来ない。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)9/10

ただ私の限りなく氏を愛敬してその夭折を傷む所以は、勿論、氏の態度や思想や趣味性に私と共鳴する所の多かつたにもよるが、それよりも更に大切なことは、氏の芸術が真に恐ろしい人間の生命そのものに根ざした絶叫であつたと言ふことである。

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故田中恭吉氏の芸術に就いて(2/2)10/10

そしてかうした第一義的の貴重な創作を見ることは、現代の日本に於ては、極めて極めて特異な現象であるといふことである。萩原朔太郎

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